いつもどおり

普段やらないことをするもんじゃない。
俺のじいさんの口癖だった。
本番で発揮することができる力は、練習でできたことの最大70%程度しか、本番では発揮されない。だから、嫌ってなるほど反復練習をするのだ。
俺はじいさんに言われたとおり、何度も練習、もとい勉強し今まですごくうまく言った。
高校受験、大学受験、そして公務員試験。どれも一発合格してきた。
よく一発で行けるねっとよく言われる。そんなときに言うのが、
「普段通りやるだけさ」
とちょっとキメ顔で言う。
普段通りにやれば、なんでもうまくいく。そのために何度も練習する。
だから今回受けたTOEICも満点近い点数が取れる自信があった。今回は満点行けるかもしれない。
俺はワクワク感にあふれて会場に入った。
まだ開始まで1時間。少し早く来てしまった。

「あれ? 長谷川くん?」

突然声がかかる。振り向くとそこには同じ職場で一番かわいい皆川麗華さんがいた。
俺はまさかの出会いに緊張が走った。

「み、皆川さん!」
「長谷川くんもTOEIC受けるんだ。私もなんだぁ」

彼女は少し照れくさそうに微笑んだ。
かわいい。すごくかわいい!

「それにしても早いね」
「い、いやその……」
「あ、わかった! 緊張して居ても立ってもいられなくて早く来ちゃったんでしょ?
ふふ、実は私も一緒。緊張しちゃうよねぇ」

かわいい。
理由は全然違うが、ここは彼女に合わせることにした。
そのほうが距離がぐっと縮まると思うからだ!

「そ、そうなんだよ! 緊張しちゃうよね」
「そんな長谷川くんに、とっておきがあるよ!
テストの名前をね、超絶頭がいい人の名前を書くんだよ!
そうしたらあたかもその人に乗り移ったかのように、自信と気合が入るんだって!」
「へー!」

そんなことをしなくても自信と気合は兼ね備えている。
だが、今回は憧れの皆川さんがいる。
もしかしたらこの後お茶とかしてさらなる距離が縮まるかもしれない。
LINEを交換しちゃって友達以上の関係になっちゃうかもしれない。
友達以上どころか家族になっちゃうかもしれない。
あれ、なんだか心臓がいつもより早い?

「それじゃ私、最後の復讐したいから行くね。
あ、この後ご飯でもいっしょに行かない? 長谷川くんともっと話たいなぁ……なんて」
「え、そ、それって……」
「じゃあとでね、ここでね」

なんだかその場から逃げるように彼女は行ってしまった。
まさか彼女のほうからお誘いがくるなんて思わなかった。
もっと話たいなんて行ってもらえるなんて思わなかった。
俺は自責に戻り、ずっと彼女のことを考えていた。どんなご飯にいこうか、どんな会話をしようか、今後のデートの話とかしちゃってもいいのだろうか。いろいろ考えいるうちにTOEIC開始の時刻になった。
俺は問題解こうとするが、全然問題が頭に入らない。英文をちょっと読んだあと、すぐ彼女のことを考えてしまう。そんなことをやっていたら、あっという間に開始から30分が経過していた。
ここままでは全問解けずという、史上最悪な結果になりかねない。
どうすればいいか考えていたら、再び彼女が脳裏に浮かび、言葉が思い浮かんだ。

「超絶頭のいい人の名前を書けばいいんだよ」

俺はわらにもすがる思いで、自分の名前をアインシュタインに変えた。
するとどうだろうか。
さっきまでとは嘘のように集中でき、自分でも驚くくらいのスピードで問題を解いていく。

(このペースなら30分の遅れも余裕で取り戻せる!)

そして俺は終了30分前にすべての問題に答えを記載できた。
もちろん見直しを含めてた。
俺はこの30分をこの後の彼女との食事について考えた。
するとあっという間に30分が過ぎてしまい、終了の合図がなった。
答案を回収していく。
俺は再度ざっと答案用紙眺めた。

「はう!?」

するとあることに気がついた。

「な、名前を治すの忘れてたぁ!」

俺は急いで治そうと消しゴムを手に取ったが、それと同時に試験管が答案を回収してしまった。

「ちょ! まっ……」

試験管はちらっとこちらをみたが、特に止まる様子はなくさっさと行ってしまった。

「や、やっちまった……」

終了後、彼女との待ち合わせ予定の場所に向かうとそこには彼女と見知らぬ男性がいた。

「あ、は、長谷川くん。そのごめんね、ちょっと別件の用事が入っちゃって……そのご飯はまた今度で。
それじゃね!」

そう行ってすぐに去っていった。
普段やらないことをするな。
じいさんの言いつけを守らなかった自分への、罰だったのかもしれない。

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