Code;Witch 18話

18



ヨシアキ、アリ―、アベルトが研究所に到着したときは、研究所内は騒然としていた。どうすればいいかわからず、慌てるもの。泣いているもの。

いつもならここの責任者であるアリ―が周りに的確な指示をだし、混乱鎮圧にあたるのだが、いまそれどころではなかった。

すぐに保管庫に向かい、シークレットコードを確認しないと行けない。

アベルトは言っていた。ただの石になってしまったと。どういうことだ。すり替えら得たのか。壊したのか。

製作者であるフレンダが他者に技術を盗まれないように仕掛けを作り、それが何かしらの形で発動してしまったのなら、それは仕方のないこと。魔女ではよくある話だ。

(無効化されてそうだと思ったけど……)

研究所に来てこの可能性は低くなった。

保管庫に向かう途中、他の研究室の窓を横目でみると、他の研究員すべての研究室がひどく荒らされているのが見える。

「そんな……10年かけて書き上げた魔術論文が……」

「ああああ! 古代魔導書が……」

「だれが……いったいだれがやったんだ!」

そしてその中から悲痛の叫びが聞こえてくる。

あの様子だ。自分の研究室もひどく荒らされていることだろう。

 

保管庫の目の前に到着する。

「アベルト! 鍵!」

「は、はい!」

アベルトはすぐさま保管庫の鍵を開ける。

カチャッと音と同時に、アリ―は重い扉を力いっぱい押す。

義明も一緒に押す。

ゴゴゴゴゴゴゴゴと音を立てて扉は開かれる。

「そんな……」

「ひでぇ……いったい誰が……」

保管庫はひどく荒らされていた。

床一面に保管されていた貴重な魔導書や魔道具が散見しており、足の踏み場もない。

アリ―は奥歯を噛みしめる。誰がどうやってここに侵入した。あらされているが、何か盗まれているようには見えなかった。この保管庫には売れば一生遊んで暮らせるほどの貴重な魔導書や魔道具がある。それに手をつけていないとなるとやはり、狙いはシークレットコードが刻まれた義明の石。

アリ―と義明は床に散らばった魔導書や魔道具をかき分けながら、保管庫の奥に向かい、石がおいてある台座を目にする。

「よかった……石はあるね」

「……ええ……でも」

アリ―は手に取り確認し、理解した。

「……魔力が……なくなっているわ……」

アベルトが言っていた通り、シークレットコードが書かれ、強い力を保有していた石は、ただの赤みのある石となっていた。

 

 

魔力が失っていたのは、義明の石だけではなかった。

研究所すべての魔導書、魔術論文はただの本に、コードが組み込まれた魔道具はただのガラクタに代わり果てていた。

被害内容はコードの内容が消えている、もしくは不規則に空白がある状態に扠せられている状態であった。

「私の研究資料……当然やられちゃってるか……」

保管庫を見たあと、アリ―の研究室に行くと他の研究室のように無残にも荒らされ、そして同じ被害にあっていた。

「……アリ―所長」

アベルトが心配そうに声を駆ける。

「んー……さすがにショックでかいなぁ……。希望が見えてたのに……。はぁ」

ショックすぎて犯人に怒れる気にもなれない。いや、むしろここまで被害を出した犯人がすごすぎる。こんな芸当できる者など、最強にして最高の魔女の祖母アマンダ以外思いつかない。

「いや……いくらお祖母様も、一晩で一人でここまでできない……」

何と言っても研究所すべての魔導書を駄目にしたのだ。中にはプライベートで持ち込んでいた魔導書さえも、ご丁寧にやられているのだ。

本当に犯人はどうやったのだろうか。

どうやって研究所内の結界を壊したのか。

なぜ犯人は盗まずコードを台無しするような、そんなめちゃくちゃ手間gかかるような手を使ったのか。

犯人の目的は何なのか……。

犯人探しもいいが、これからどうすればいいのか。

「……ああ、もう……考えることがたくさんアリすぎる……」

手で額を覆う。

「所長……これでも飲んで落ち着いてください……」

「ありがとう……いただくわ……」

リフレッシュできるハーブティーを口に含み、香りと味で幾分、落ち着いてくる。

「そういえば、ヨシアキは?」

「ヨシアキ様、あちらに……」

研究室の外であぐらをかき、駄目になった魔導書をじっと見ている。

「……ヨシアキにも悪いことをしたわ……。フレンダ様からの贈り物を私は駄目にしてしまった……」

「そんな……所長のせいでは……悪いのは犯人ですよ」

「いいえ……私が無理を言ってシークレットコードの解析をしなければ、被害にはあわなかったわ」

「……それを言うなら、一番悪いの私ですよ……。私が舞い上がって……うぅ……なんて謝ればいいんですかぁ」

みるみる泣きそうになるアベルトを見て、優しく頭をポンポンと撫でる。

本当になんて謝ればいいのだろう。

事故とは言え、勝手にこちらの世界に呼び出したあげく、大事な祖母の贈り物を駄目にしてしまったのだ。

ハーブティーの水面に映る自分の顔をじっと見つめる。

ここまで落ち込んだ自分の顔をアリ―は見たことがなかった。

(ひどい顔ね……)

「アリ―」

不意に声がかかり、両肩がクイッと上がる。

呼びかけられた方を見ると、案の定義明が立っていた。手には魔導書が抱えられていた。

「ヨシアキ……その、ごめんなさい……私のせいで……」

「いえ! 私のせいです! ヨシアキ様! ほんとにごめんなさ……」

「ふたりともこれ見てくれ」

義明は魔導書を広げ、二人に見せる。

「これ、この……なんていうの?

文字の虫食いみたいな状態?

っていうのかな?」

「ええ、まぁそうね……」

「この状態さ……実はオレもここに来る前に同じようなことがあったんだよ」

「……義明の世界にもこれと同じ事件があったの!?」

義明は軽く頷く。

「ここまで大規模なことはおきてないけどね。

オレ、ここに来る前に自分のオリジナルプログラミングを作ってたんだよ。

そしたら突然、これと同じような現象が起こってさ。止めようと思ってもどうしようもなくて……そしたらパソコンが光出して……気づいたらこの世界に!

今回のこれ、もしかしたらオレがこの世界に来たことと何か関係があるんじゃないかな!」

「……あるかもしれない。

いえ、絶対はあるわ! 魔術コードとプログラミングは似ていること、そして今回の同じような事件。被害にあっているのは魔術コードとプログラミング。

何かあるわ! 絶対に何かある! もしかすると、こちらとあちらで何か共通する出来事が起こっているのかも!

ヨシアキ! あなたの世界で何か変なこと起こっていないかしら? なんでもいいわ!」

「え、っと……なんか……なんか……んー……。

あ! あ、いや関係ないか……」

「ヨシアキ、なんでもいいわ、話して」

「んー、なんか異常にバッタが大量発生してたんだよね……」

「バッタ?」

「あ、えっと。ぴょんぴょん跳ねる虫なんだけど……それが世界中で大量発生していてね。ちょっと世界中困ってた」

「んー……この世界で虫が発生したっていう話は聞かないわね……」

「あ、まってください。そういえば、学生が見たことない虫を見たって……やけにぴょんぴょん跳ねる、俊敏な虫だって……あ、あと学生の障壁魔法を破ったっていう……」

ぴょんぴょん跳ねる虫はバッタ以外ありえない。

「もしかして、バッタが何か関係している? でもたかがバッタで……ねぇ?

アリ―? どしたの?」

アリ―の目が何か思いたる節があるような、大きく見開いていた。

「ちょっとまって……虫……跳ねる虫で、障壁を破る……。

ヨシアキ……バッタって……」

アリーはペンをとり、魔導書の空白のページに絵を書き始める。

「こんな虫……じゃないわよね」

「あーそうそう! それそれ! なんだいるんじゃんバッタ。この世界だとなんていうの?」

義明の答えを聞き、アリ―は絶句し、顔がみるみるうちに青ざめていく。

アベルト同じ様子であった。

「え、な、なに? ど、どうしたの?」

尋常でない表情に、義明は動揺する。

聞いては行けないことを聞いてしまったのかと思い、義明は謝罪をしようとしたときだった。

アリーが絞り出すような声で口を開いた

「私達の世界で……そのバッタという虫は……。

この世界で……恐怖の災厄として……君臨し……世界を崩壊の危機に陥れた……最悪の化物……」

「え……それって……」

「十の災厄が一体……八の災厄<蝗>(アドバン)。あなたの祖母……フレンダ様が打ち倒した、そしてあなたの世界に行くことなった……災厄の化物よ」

 


 

 


 

事前調査

 



 

炎天下のなかよくやる。
いや、灼熱地獄と言ったほうがいいのかもしれない。
生き地獄とはまさにこのことだ。

熱い、臭い、暑い、臭い、厚い、臭い……。

遠くで見ているこちらまで臭ってきそうだ。
見ろ、なんか白い靄がたってるぞ。
なんというエネルギー。あそこにいる連中はきっと苦しく、辛く、絶望に支配されているのだろう。
かわいそうに……あの場にいない私はなんと幸運なことか……。

「どれ、苦しんでいる顔でも拝むとするか……」

酒の肴にでもなってもらおう。

「な……なんだと?」

私は双眼鏡であの場にいる奴らを顔みた。

見間違いか?

なんだあの希望に満ちた顔は。

なぜあんな顔ができる。

顔に『至福』、『幸せ』、『人生最高』、『幸せとはまさにこの事』と書かれている。

彼らは生き地獄にいるのではないのか?

あんな状況であんな顔をしている奴らはただの馬鹿。

もしくは……

「最強の戦士……」

もしかしたら私たちはとんでもないものに喧嘩を売っているのかもしれない。

上層部がこの司令を出した理由がわかった気がした。

私は無意識に身体を守るように腕を組んだ。

背中がじんわり熱い。

「こちら、拠点C地点……ただちに十傑を招集しろと上に報告しろ……。
ああ、そうだ。準備を怠るな……とも付け足せ」

さて……私も行くか。


Code;Witch 17話

17



「つまり……この魔導書のコードとヨシアキの世界にある……えっと、プログラミングとよく似ていると……」
「うん、そうなんだよ。
まぁでも、似てるっていっても文章の構成が似ているだけでなんだけどね。読めない単語とかめっちゃあるから、正直どんな意味なんかわからないけど」
「……読めないのによくわかりますね……」
「んー、オレの世界のプログラミングに似ているコードを当てはめればなんとなく……意味はわかんなくても、なんか感じとれる……かな。
まぁ、例えば……」
義明は先程まで読んでいた魔導書を開き、パラパラとめくる。魔導書にはところどころに付箋らしき紙が挟まっている。
「あった。ここなんだけど……これ、プログラミングのIf文に似てるんだよね」
「いふ……ぶん?」
初めて聞く単語にアベルトは頭をかしげ、無意識にアリ―の顔を見る。その視線にアリ―は気づいたが、アリ―自身もアベルトと同じく初めて聞く単語に首をかしげて、アベルトの視線に応える。
そんな二人の反応を見て、義明の口角が無意識にクイッとあがる。
「『もし記号Aならば、記号Bを実行せよ。それ以外なら記号Cをせよ』というような実行条件のプログラミングかな。
……わかる?」
同意を求めるようにアリーとアベルトに聞く。二人はさきほどまでの表情とは違い、驚いているような表情であった。
どうやら、伝わったらしい。そして義明の予想通り、この魔術コードの一文はIf文と同意の構文であったことが、二人の表情から読み取れる。
だが、二人の無言が続き、義明はだんだんと不安になってきたときにアリ―が前のめりになって義明に迫る。
驚いた義明は持っていた魔導書を落としてしまう。
「な、なに……?」
「すごいわ……」
「え?」
「すごいわ! ヨシアキすごいわ!」
アリ―が興奮した様子で、義明の手を両手でがっしりと掴んで離さない。
予想外のアリ―の行動に義明は顔を赤くしながら、慌てる。
顔もかなり近い。
「うおおおおお! さすが、フレンダ様のお孫様ぁぁぁぁ!
研究所でこの古代コードを解析するのに、5年かかったっていうのに!
24時間も経ってないのに!
うぉぉぉぉ! ヨシアキ様すごすぎます!!」
アベルトも興奮し、両腕を高らかに上げながら立ち上がる。
「アリ―所長! もしかするとヨシアキ様のそのプログラミングの知識さえあれば、フレンダ様のシークレットコードもきっと解読できるんじゃないでしょうか!
それだけじゃなく、アリ―所長が開発中の魔法もきっと!」
「私も同じことを考えていたわ! アベルト!
ヨシアキ、明日研究所に行くわよ!
私達の研究に手伝ってもらうから!
あ、そうだ! ヨシアキ!
もっとそのプログラミングのことを教えて!」
義明のプログラミングトークに二人は釘付けであった。
文字、書き方、書く道具、構文の種類、プログラミング言語の種類。使用用途。開発出来るもの。
二人はとくに書く道具であるパソコンと、プログラミングで開発した物に関してもとても興味津々であった。
アリ―の想像したとおり、やはり義明の世界はすごい技術のある世界だった。プログラミングで開発したもので世界中の人が繋がれるなんて、それも魔力もなしに。
「そのエス、エヌ、エスというのはすごいわ……。
ホントにだれでも扱えるの?」
「うん、もちろん。パソコンやスマホがないとできないけど……」
「スマホ?」
「スマホっていうのはねぇ……」
次から次へと義明の口から新しい単語がでてきて、二人は興味が絶えない。
このまま夜明けまで続く……そう思われたが、なんともいいタイミングで義明の腹の虫が悲鳴を上げた。それに共鳴するかのように、アリ―たちのお腹の虫が鳴き始める。
「ご飯にしよっか」

夕飯もプログラミングの話、そして魔法の話で盛り上がり、お互いのことを知れば知る程、プログラミングと魔法がとても似ていることをしることができた。
義明は異世界でプログラミングの話ができ、かつそれを異世界の魔女に講義することになるとは思ってもみなかったが、ここきてようやく義明が感じていた物足りないさが埋まりそうであった。
魔術コードの簡単な単語もアリ―に教えてもらい、自分がわからなかった構文の意味を理解することができた。
炎を出すもの、氷を出すもの、竜巻を起こすものなど、この辺はさすが魔法であり、プログラミングとは違っていた。義明が読んでいた魔導書には街吹き飛ばす規格外のものも書かれていたという。
「あぁ、そうそう。今朝みたアリ―の手紙なんだけどさ……」
と義明が切り出すと、アリ―も思い出したかのように、
「あ! そうだった! ヨシアキごめんなさい……なんて書いてあるかよめなかったわよね」
「なんか知らないけど、読めたんだよね」
二人が同時に喋る。
「……どういうことですか?」
「翻訳切手を貼ってないのに? ヨシアキ読めたの?」
「え、うん。
読めたっていうか、なんか理解したっていうのが正しいのかな。
なんとなくこう書かれてるんじゃないかなぁって思ったら……」
初見ではそのことは気づかす、なんの疑いもなくスゥーッと頭の中に入ってきた。
「どういうことかしら……」
アリ―は進んでいた食事がとまり、考えこんでしまう。
「もしかしてヨシアキ様の世界とここの世界で共通するものがあったから読めたとか!
ほら、プログラミングってなんだか魔術コードの亜種みたいじゃないですか。
さきほどのヨシアキ様の話では共通する部分もかなり多いですし……だからヨシアキ様はフィーリングでなんとなく難解な古代魔術コードもなんとなく理解してしまったんですよ!
ということは、アリ―所長の手紙はヨシアキ様の世界ではかなり共通する部分があって、それで……ってそんなことないですよね」
「いや……ありえるかも」
「え?」
「置き手紙って、オレの家ではよくやってたんだよ。とくにばあちゃんが。
決まって内容は、外出するから留守番よろしくっていうないようなんだよ。
……そういえば、手紙読む前に『留守番の書き置きだろ?』って思った……ような気がする!」
「なるほど……でもほんとうそんなことが……でももしそうなら、逆もできることになるわね……。
んー! 今すぐ研究所に戻って研究を勧めたい!」
「お、おちついてアリ―。
今日は流石に……明日朝一で研究所にいこう。
オレも協力するから。あ、もしかしたらプログラミングと魔法のコラボレーションができるかもしれない」
「プログラミングと魔法のコラボレーション?
そんなことできたらきっととんでもない、想像を超えるものができちゃうわよきっと!」

翌朝。
日差しとともに掛け布団を蹴っ飛ばし、ベッドから跳ね上がる。
昨日は全然眠れなかった。おそらく3時間くらいしか寝てないのではないか。
だが、不思議と眠くない。
義明はすぐに着替え、出る準備をして下へ降りる。
流石に早いか、と思ったがアリ―はすでに準備完了していた。
「おはよう、ヨシアキ。
てっきり興奮して寝れなくて、寝不足でひどい顔をしていると思ったけど……大丈夫そうね」
「寝不足なのはあってるけど、気分は爽快だよ」
「ふふ、いいわね!
さ、朝ごはん食べて早く研究所へ行きましょう!」
「うん。
……あれ? アベルトは?」
義明の記憶では、自室に入る前までアリーの家にいたはずであった。
「アベルトは義明が部屋に入ったあとに帰ったわ。
あの子、あーみえて自分の専用枕じゃないと眠れないのよ」
義明は口に含んでいたものが一瞬吹き出しそうになる。
「え! 本当に? そうなの!」
「本人に言っちゃ駄目よ。知られてないって本人思ってるから」
「うん。わかった」
会話を弾ませる二人。
義明とアリ―の朝ごはんは最初のときと比べ、活気が満ちていた。
味も美味しく感じる。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま。
よし、行こうか!」
二人は立ち上がり家を出ようとしたときだった。
バーンっとすごい大きなを音をたてて、勢い良く扉が開かれた。
「た、大変です! 大変ですよ!!」
そこには大慌てで現れた、アベルトであった。
「あ、アベルト! どうしたの!」
「大変なんです! シークレットコードが、シークレットコードが!」
「ちょ、ちょっとアベルト落ち着いて、何があったの」
「シークレットコードが書かれた石が……ただの石になっちゃってます!」





Code;Witch 16話

16



「ヨシアキ……怒ってる……かな」
「さぁ……あの方はこういうことで怒ったりしなさそうなお人ですけどね」
「そ……そうかな……」
結局、自分のヘマをやったことに気づいたあとも、研究所に残りシークレットコードの解析を続けた。続けなきゃいけない状況になってしまった。
アリ―がすぐに家に戻ろうとしたとき、一人の職員が早足でアリ―の元を訪れたのだ。
「所長! コードの1文目の解析ができました!」
その言葉を聞いてアリ―の頭の中は、そのことで頭がいっぱいになってしまった。アベルトの静止を聞かず、すぐに現場へと向かった。
そのあとは、誰がなんと言おうとアリ―の耳は誰の声も届かない『研究モード』に入ってしまった。この状態になると、数時間、下手したら3日は研究に没頭してしまうことがある。
今回はそんなことにはならなかったが、アリ―が煮詰まり研究室がでてきたときには、とっくに日は落ちていた。
「フレンダ様に感謝ですね。もしあそこまで超難解じゃなかったら、きっと所長、1年以上は外に出てきてませんよ、きっと」
「……うっ」
1文目を解読できたというので、もしかしたらこのまま順調に進むのではと思っていたが、さすがは英雄の作品。そのあとはまったくというほど進まなかったのだ。アリ―が研究室に入ってから進捗はゼロであった。
「きっとヨシアキ様はお腹空いていることでしょうねぇ。
一人さみしく……もしかしたら昨日あんなことがあったから怖くて、びくびくしてるのでは……」
「あ、アベルト!」
若干目が潤んでいるアリ―を見て、アベルトは言いすぎたと反省する。どうやらすごく反省しているようだった。アベルトが自分のことを棚にあげていることを突っ込んでこない。
「と、とにかく誤りましょう。私も一緒に謝りますから」
「……うん。ありがとう」

二人はアリ―宅へ入った。明かりはついていなかった。ヨシアキはリビングにいない。
「……やっぱり部屋で怯えて……」
アベルトも先程は違い、少し不安そうに声が漏れる。
それを聞いたアリ―の不安も上がり、急いでヨシアキの部屋へと向かう。アベルトもそれに続く。
「ヨシアキ! ただいま。一人にさせてごめんなさい」
数回ノックしてドア越しから声をかける。だが、ドアから返事はなかった。
眠っているのかもしれない。
「ヨシアキ……入るわね」
アリ―はそっとドアを開けるが、部屋はリビングと同じで真っ暗であった。
「……静かですね」
「……ええ」
部屋のあたりを見渡すが、そこにヨシアキの気配は感じられない。念のためベッドを確認するが、やはりそこにはヨシアキは寝ていなかった。そもそも、ベッドは開けたままであり、おそらく朝おきてそのままの状態なのだろう。
部屋いない。この事実がアリ―を更に不安にさせる。
「まさか……外にでちゃった?」
「それは……ないんと思いますよ? この家、魔法キーがかかってましたよね? 家を出たのなら、普通キーはかかっていないはずですから」
「確かに……そうね」
「転送系の装置とかっておいてますか?」
「いいえ、おいてないわ」
「なら、この家にいますよ! きっと隠れてるんですよ。
あ、そうだ。きっと私達が帰ってくるところを察知して、隠れて脅かそうとしてるんですよ!」
「そ、そうなのかしら……」
アリ―は顎に手を当て考え込む。確かにありえない話ではない。でもまだ慣れていないであろう、この生活でそんなおちゃめな事ができるか。
だが、家にいることはほぼ間違いない。
「ふふ、ヨシアキ様も意外とおちゃめなところあるんですね。
あ、所長。探知系の魔法を使うのは、なしですよ?
ヨシアキ様は魔法を使えないんですから、ずるになっちゃいます」
「えっと……と、とりあえず、荷物置いてくるわね」
すっかり盛り上がっているアベルトから逃げるようにこの場を離れる。ヨシアキがかくれんぼをしているとは、可能性としてはあるかもしれないが、かなり確率が低いとアリ―は考えていた。きっと何か別の理由で、ヨシアキは姿を見せない。
「……怒ってる……それしか考えられないのよね……」
なんて謝ろうか。
翻訳切手を貼っていなかったこと。貼っていないことに気づいてすぐに帰らなかったこと。帰るはずだった時間を大幅に遅れて帰ったこと。
どれもこれも理由を言っても、言い訳のようになり、嫌な気分になってくる。言い訳をいうほど、見苦しいものはない。
「もう素直に謝ろ……ん?」
書斎のドアが開いているのに気がつく。書斎といっても昔祖母のアマンダが使用していた場所であり、今ではただの本の物置となっている。
普段めったに開けることがない。もちろん、今朝も開けた記憶がない。
「……ヨシアキ?」
書斎に顔を覗き込ませる。するとそこには、ヨシアキがドアを背にして床に座っている。
ヨシアキの背をみてホッとする。それと同時に何をしているかという疑問が浮かび、すぐに声をかけることができなかった。
(ここにはほとんど魔導書しかないけど……)
よく見るとヨシアキの首が下をむいてウンウンと頷いている。そして頷いたあと、何やら用紙に書き込んでいる様子であった。
(まさか……魔導書をみているの?)
ここからでは遠い。場の雰囲気のせいなのか、アリ―は無意識に忍び足となり、ゆっくりヨシアキに近づく。近づく途中、部屋の床一面に用紙が散見していることに気づく。その用紙の一枚をとると、ところどころ読める文字はあるが、その大半は見たこともない文字がびっしりと書かれていた。
(これは……シークレットコードと同じ文字と似ている……。ヨシアキが書いたの?)
ますます気になってくるアリ―。
ついには背後にまで到達するも、ヨシアキはこちらに気づかない。
(すごい集中力……ん? 魔導書……あれって……古代魔術の魔導書!)
とても難解で、研究者でも音を上げてしまうほどの魔導書をヨシアキは読んでいる。アリ―でさえ、この本の完全に理解できずにいるものだ。
しかもこの様子を見る限り、何やらただ読むだけでなく、まるで解析しているようであった。
(一体どんなことを……)
アリ―はヨシアキの行動に釘付けになり、覗き込む。
だがここからでは見えそうで見えない。
アリ―は移動しようとした時だった。
「……二人で何やってるんですか?」
「キャっ!」
「うおっ!」

「ずっとここいたんですか?」
「うん。本ないかなって思っていろいろ探してたら、この部屋に……。
ごめんね、勝手に入って。すぐかたすよ」
「いや、それは……いいんだけど……」
アリ―は少し間をおき、部屋に散見している紙を見渡す。
「えっと……ヨシアキ。その本……読めるの?」
「んー……読める……というか、わかるって言ったほうがいいのかな」
「わかる……ですか?」
読めるとどう違うのだろうか。
「もちろん、文字はまったくと言うほど、理解できないんだけど。
なんていうんだろ。あ、このページなんだけど、これ……えっと魔術コードだっけ? このコードの構成が、オレの世界のプログラミングっていうものがあるんだけど、その構成とすっげー似てるんだよ。一部の記号とかも、ほんと形もほぼほぼ一緒だしね。それで、多分こういう意味じゃないかなって思ったらさ……」
ヨシアキは少し興奮した様子で、語りだす。そして何処か嬉しそうな表情であった。アリ―とアベルトはただただ、驚きしばらく目が見開いたままであった。




 

 


帰り道の誘惑 〜明太チーズポテトまん〜

帰り道の誘惑 〜明太チーズポテトまん〜



 

ガチャっと重いドアを乱暴に引くと、開けた瞬間に身体を突き刺すような冷気が、中田 一郎の身体を襲う。顔が刺されたように縮こまる。
「さむぅ」
これで何度目だろうか。ここ最近はこのドアを開ける度に口にする。いい加減別、このセリフにも言い飽きた。他にも「寒い」という表現を……と思うのだが、これ以外に出てこない。
まったく、自分のボキャブラリーの少なさを呪いたくなる。
「……雨だ」
3日前から雨もしくは雪になるとパートのおばちゃんたちが言っていたのを、中田は思い出した。一緒に「いやーねー」と言ったことも思い出した。
それなのに、中田の手には傘がない。この前盗まれたからだ。
このまま歩いて10分ほどの駅まで歩くか……。
いや、そんなことしたら冷たさで身も心も冷凍されてしまう。
中田はちらっと横を見る。先程から視界に入っている『7』の文字が刻まれた看板のセブイレブン。看板の光や店内の光が、優しく手招きされているような気がしてならない。これが日本一のコンビニの力なのか。

「いらーしゃっせー」
(えっと……傘は……)
この天気だからなのか、でかでかと一本500円と書かれたダンボールの値札と一緒に、数十本のビニール傘がおいてあるのを、中田は入ってすぐに見つけた。
まるでこの店の看板商品かのような扱いだ。
ビニール傘はだいたいコンビニでは500円。
この500円がワンコインで買えるからお得なのか、たかがビニール傘に500円はボッタクリなのか、中田はよく脳内で度々会議が開かれるのだが、今回は満場一致で『ボッタクリ』と決まった。
(そもそも、盗まれていなかったら買わなくてよかったし……この500円でお菓子とか買えるのに……チョコとかチョコとか……)
中田は小銭を入れる小さい財布を、ワイシャツの胸ポケットから取り出し、小銭をチェックする。
(500円……あるね)
ザッとみて600円以上ある。
(余ったお金でお菓子……いやいや、だめだめ)
余計なものは変えない。昨月は使いすぎて、月末困ったばかりだ。店内を見渡せば甘い誘惑が盛りだくさん。気を抜くとつい買ってしまう。
中田は店内を回ることなく、一直線と会計を待つ列へ向かった。

「こちらのレジへどうぞ」
一つのレジで回していたが、ちょうどいいタイミングでもう一つのレジがあき、あまり待たずに中田の番となった。
ラッキーとそのレジへと向かう。だが、この行動によって中田はあるものが目に入ってしまう。
明太チーズポテトまん。ラスト一個。肉まんや、あんまんを入れる容器に入っていた。
中田はソレを目にした瞬間、先程まで微塵にも減ってなかったお腹がへり、口の中によだれがでてくる。
中田の明太チーズポテトまんに釘付けになった。
(うまそう……明太とチーズとポテトなんて最強に決まってる。食べたい。けどお金……まって、600円以上あったよね。あ、足りる。え、どうする? 買う? 買っちゃう? でもここで耐えたら夕飯がより美味しくいただける……けど、今日月初だからよくね?)
「すみません、あと明太チーズポテトまんもお願いします」
「はい、ありがとーございっしたー」

店をでて、中田はすぐにビニール袋から明太チーズポテトまんをとりだし、包まれていた紙を剥がす。
明太チーズポテトまんを見た瞬間から空腹がピークに達していたので我慢の限界だった。すぐに薄いピンク色の生地にかぶりついた。明太子の香りが鼻をつく。だが、まだメインの餡に到達しない。
つかさず、二口目。
今度はあっつあつの餡が口の中で広がる。そして、ビミョ〜んとチーズが口から伸びる。
ホフ、ホフ、ホフ。
白い湯気が口の中から蒸気機関車のように吹き出る。
(うんめ〜)
三口目。
今度は一口サイズのポテトが登場。口の中に転がる。これがまたホクホクとして美味い。なんだか体中が火照るのがわかる。
気がつくともう半分以上がない。
中田は中央から明太チーズポテトまんをちぎる。するとまた、ビミョーんとチーズが伸びる。チーズが切れて落ちないように片方の明太チーズポテトまんで掬い、そのまま口の中に入れる。
もぐもぐもぐ、もぐもぐもぐ。
もう片方も口に入れる。
もぐもぐもぐ、もぐもぐもぐ。
「ふぅ……ごちそうさん」
うまかった。だけど、もう少しチーズがあって、明太子の味が濃かったらさらに最高だった。
「ふぅ」
吐く息が白くハッキリみえる。
気がつくと定時後に来た仕事に激怒していた自分は遠い昔のように思えていた。
中田は買ったばかりの傘を広げ、これから雪となる雨の中に足を踏み入れた。





 

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モロモロの旅 2話 キャンプと高い木の上で 前編

 

「よいしょ。
 ……ふぅ。こんなものかな」
 取ってきた枝をすでに山積みになっている枝の上におく。
「夢にまでみたキャンプファイヤー……とまでは行かない無いが、初めてにしては上出来だな」
 さっそく火をつけよう。
 モロモロは心を踊らせ、葉っぱで作ったテントの中にしまったマッチを取りに行く。
 二回目の旅。
 一回目の旅の帰りにねっていた旅だ。
 今回は遠出をしてみた。
 遠出の旅と言ったらキャンプ。
 キャンプと言ったらテント。
 テントと言ったら焚き火。焚き火を征するものは遠出を征する。
 旅のバイブルと呼べる本『旅かえるの心得』百九箇条のうちの一つに書いてあったから間違いない。
 『旅かえるの心得』は、野宿する場所、テントの貼り方、枝の集め方に組み方、火の付け方など記載されており、モロモロは旅に出る前にかならず熟読して、旅にでている。だから、ここまですべて完璧。あとは火をつけるだけ。
「ん……ん……ん……。
 ……あれ?」
 おかしい、つかない。
 何度も何度もマッチをこすっても火がつかない。
 研修のときは一度も失敗したことがない。火付けの講義では常にトップの成績を収めていたのだ。
 ここにきて火がつけられないなど、笑えない。
 焚き火こそ、遠出の醍醐味なのだ。
「ふんっ! あっ」
 力を込めすぎて、折れてしまった。
 マッチを折るなんて一度もないのに。
「んー」
 どうしたものか。このあと何度も挑戦したが、どれも火をつけることができず、全て折ってしまっている。
「まいった……まさかこんなことになるとは……。
 ご主人が用意してくれたライターを借りるんだった……」
 ライターなんて邪道といって、ご主人のせっかくのご厚意を蹴ってしまった。あのときの自分を思いっきり殴ってやりたい。
「こうなったら、原始的に枝をこすって火をつけるか……」
 いや、そんなやったこともないことを、いきなり本番で出来るわけがない。
「んーどうしたものか……」
 モロモロは腕を組、空を仰ぐ。
 視線の先には、大きな木が空に向かって伸びていた。
「高いなぁ」
 きっと登ったらいい景色を拝めることだろう。
 ……と、そう思ったとき、モロモロは『旅かえるの心得』の百九箇条の一つを思い出した。
 第八十二条。
  ピンチのときは高いところにいけ。
モロモロは、すぐにその木に登った。
後編につづく

<旅かえる 公式サイト>

http://www.hit-point.co.jp/games/tabikaeru/

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モロモロの旅 1話 〜ご主人との出会いと最初の写真〜 


「撮りますよー? あれ? 後ろ向きのままでいいんですか?」
「はい……このままでお願いします」
「へへ、なんだか『いつか天下をとってやるー!』ていう感じでいいすね!
それじゃ、行きますよ! はい、3・2・1!」
パシャとシャッター音が背後から耳の中へと到達する。
心地がいい。
いいカメラだと音もいいのだと、知ることができた。
「はい! 撮れましたよ」
「……ありがとうございます。本当に、助かりました」
かえる。『旅かえる』のモロモロは、それは、それは深いお辞儀をしてお礼を言う。なんとも深くてキレイなお辞儀なのだろうか。それはまるで、お辞儀をしているかのようであった。
「ちょちょちょちょちょ! そんな! 写真くらいで土下座なんてしないでくださいよ!」
「え? 土下座?」
「え、だから、そんな土下座しなくても……」
「……え? 誰が土下座を?」
「え? ……い、いやなんでもないです。
あははは。コホン。
……それでは私はこれで。いい旅を!」
「はい、あなたもいい旅を」
写真を採ってくれた優しい御仁のその場で見送り、背中が見えなくなるころに取ってもらった写真を確認する。
この日のために用意した最新型のカメラの液晶の中には、自分が注文した通りの構図で撮られていた。
「ああ、よく撮れてる。
あの人……ほんとにいい人だったなぁ」
撮る際に色々注文してしまった。あーでもないこーでもないと、構図を決めるのに30分以上かかってしまった。それでもあの人は、モロモロが納得するまで付き合ってくれた。『もっとこうした方がいいんじゃないですか?』と提案もしてくれた。
見ず知らずの自分にあそこまでしてくれるなんて……。
世の中捨てたもんじゃない。
モロモロはもう一度、写真を見る。無意識に口角があがる。
写真はとても良く撮れていた。
「初めての旅の記念。ご主人は喜んでくれるだろうか」


旅をするかえる。通称『旅かえる』は旅をすることを生きがいとしている。だが、旅をする為には支援してくれる専属の『ご主人』がいないと旅をすることができない。去年2017年11月に、長い月日をかけてようやく旅をすることができるかえるに成長することができた。記録を残すために最新型のカメラも買った。だが、なかなか『ご主人』が現れなかった。同期たちはみな『ご主人』と出会い続々と旅をし始めている。カメラを磨く日々が続いた。
だが、今日。ようやく自分専属の『ご主人』と巡り合うことができた。
初めて合ったご主人は、なんだかとてもイライラしていた。身体からイライラのオーラが見えるほどに。目を細め、まるで獲物を狙うかのよう……一瞬、蛇にでも睨まれているのかと思いか、身体が硬直した。口もモゴモゴしている。
もしかして何か嫌いな物を食べたからだろうか。もしかして虫歯が痛いのだろうか。もしかして出会う前に何か嫌なことがあったのだろうか。
様々なことを考えているうちに、ご主人から名前をもらった。
それが『モロモロ』だ。今日から、旅かえるのモロモロだ。
モロモロは嬉しくて嬉しくて、堪らなかった。すると、さきほどまで蛇のようだったご主人の目が、とても嬉しそうな目になった。
モロモロは、さっそくご主人が用意してくれたお弁当と四葉のクローバーをもってさっそく旅へでかけ、先程記念すべき、とても大事な写真を撮ることができた。
「さて、帰るか」
次はどこにいこうか。
今から次の旅のことで頭がいっぱいだ。

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やだけど笑え



「やだ、私はやりたいくない」
「でも、君以外にデキる人いなから……」
「やだ。嫌なものは嫌です。どうしてこんな大雪の日に私が行かないと駄目なんですか」
これのやり取りが始まって、かれこれ25分以上経過している。流石に周りも疎ましく思いはじめ、チラチラと経理部のおばちゃんがこちらをうっとしそうにみている。人事部の若い事務員は一人だけ興味深そうに見ている。
「だから! 君以外に行ける人間がいないって言ってるだろう! 何度いえばわかるんだ! さっさと言ってこい! このあふぉがああああ!」
怒鳴るや否や、腕を掴み無理やり外に出され、呆気にとられる。まさかあんな態度をするとは思わず、反抗する暇もなかった。
普段怒らない人が怒ると怖いんだな。
あの場にいた皆が同じことを思っただろう。
強風に吹かれる大粒の雪が頬に当たる。ビュービューと耳の中を刺激する。まともに目を開けてられない。目が凍ってしまう。
「無理……こんなの無理」
戻ろう。そしてやつに一言、いや千言言ってやる。手が出るかもしれないが、仕方ない。
だが、怒り虚しく扉を開くことができない。
「鍵かけるか? 普通」
どうやら今回はガチのようだった。戻ることができないのなら、進むしか無い。
「こんな大雪……ここは北極か南極か。
てことは、私はアザラシだな」
ペンギンでもいい。そしてらうつ伏せになってスーッと滑ってやる。
だが、そんなことはできない。一歩、一歩、ザクザクっと音を立てながら先へ進む。歩けば歩くほど、靴の中に雪が入る。もう冷たすぎて足先の感覚がない。
「肺が凍りそうだ……」
鼻水もたれる。そしてなんと鼻水が凍っているではないか。
昔、鼻水を凍らせて、凍らせた鼻水を鼻息で吹き矢の如く飛ばして攻撃してくる雪だるまの怪人を思い出した。
自分はまさしくそれだと思うと、笑いがこみ上げてくる。もしかしたら、出来るかもしれない。やらないが。
笑うと不思議と怒りが収まってくる。そして自分がまだまだ頑張れることがわかった。
笑えば行ける。余裕だ。
いろいろ想像した。氷漬けになるヤツ。雪崩に巻き込まれるヤツ。池に落ちて凍るヤツ。知らない人に服を全部盗まれて裸でブルブル言わせているヤツ。
なぜか全部ヤツのことを考えてしまう。
もしかしたらヤツのことが好きなのかもしれない。
そんなアホな。でも笑える。
そんなことを考える自分が笑える。笑いのエンドレス。
「笑うとなんかいいな」
気がつけば、目的地に到着。
意外とできる。笑ったからだ。笑わしてくれたヤツに感謝した。
「ただいま」
「あれ?! あんた仕事は?」
「辞めてきた!」

 

 




 

Code;Witch 15話

15



異世界に来てから3日目の朝を迎えた。
義明は一人、お留守番していた。正確には朝起きたら、アリ―の姿はなくテーブルの上に一枚の紙が置かれていた。

『ヨシアキへ
よく眠っていたから起こさないでおきました。
今日は、例の石の調査が始まるので、研究所に行ってきます。
朝ごはんとお昼ごはんはテーブルの上においておきます。
温かさを持続させる魔法がかけてあるから、いつでも美味しく食べられるわ。
晩御飯のころには帰ります。
アリ―より

PS
危ないから外にでないでね』

「大丈夫、でないよ。
もうあれは懲り懲りだ……」
巨大な一つ目の獣。
クマやライオンなど比にならない大きさの化物。思い出すだけで、ぞわぞわっと背筋に虫が這うような気持ち悪さを感じる。
何かに食われる。そんなこと考えたこともない。

「それにしても綺麗な字だなぁ。心が優しいと字もきれいなのかね……ってなーんてオレは何をいって……?」
手紙を読み終わると、何かを違和感を感じる。
義明はもう一度アリ―の手紙を読み返す。おかしいところは何もない。普通だ。だが、読み返せば読み返すほど、違和感が生まれてくる。
『はやく気づけよ〜、はやく気づけよ〜』と何かが腋を必要以上に小突いてくるような不快感さえ思えはじめた。
この違和感の正体を突き止めたい。でないと気になって……、と思ったとき腹の虫が『ぐ〜』となりだした。
視線を手紙からアリ―が作ってくれた料理に向ける。目玉焼きと食パンとサラダが、おいてある。
すると腹の虫がどんどんなり始める。『早く! 早く!』と。
(あとで、いっか)
まずは腹ごしらえだ。腹が減っては、戦はできぬ。プログラミングを書いているときもそうだ。煮詰まったときは一度その問題から離れ、リフレッシュするとそのあとは面白いほど、煮詰まっていた問題が解決することがよくある。
なんだか、プログラミング書いていたときのことがすごく懐かしく思える。まだ3日しか経っていないというのに、すごく昔のことに感じる。
毎日書いていたんだ。そう思うのも仕方のないことだ。
「いただきます」
義明はパンをかじる。歯を入れるとさくっといい音がし、中はフワッフワとまるで焼きたてのパンのようだった。いや、焼き立てそのものだった。
「うんまっ!」
自然と声が漏れる。
こんなに美味しいパンは食べたことがない。美味しくなる魔法でもかけているのだろうか。あっという間に一個食べ終わり、また一個、また一個と、両手にパンを持って頬張った。
目玉焼きはパンの上に乗せ、そこにパンを挟み、サンドにして食べる。中から温かいトロッとした黄身が溢れ出してくる。目玉焼きも本当に美味しい。
カゴいっぱいにあったパンが、あっという間に平らげてしまった。
(こんなに朝ごはんを食べたの……ずいぶん久しぶりだな……)
「アリ―、ご馳走さまでした」
義明はふーっと息を吐く。帰ったらお礼と、感想をいわなければ。
義明は再び手紙をとり、今度は感謝を意を込めながらじっくりとアリ―のきれいな文章を読んだ。
同時に、今までの違和感の正体が判明した。
「あれ……そういえばなんでオレ……アリ―の字を読めるんだ?」
アリ―の手紙を何度も読み返す。何度読んでもそれは日本語で書かれている文章ではなかった。当然英語のようなアルファベットではない、ロシア語やアラビア語のような文字ではない。
「古代文字……て、いうんだろうな、オレにとっては……。
そういえば、あの転送装置のときも……」
黒い霧が覆う場所に転移する前に、書かれていた文字。
今回みたいに全部の意味がわからなかったが、それでもどんなことが書かれているかは、なんとなく理解できた。
まるで脳内で自動変換されているような感覚だった。
「どういうこと何だ……? もしかして他の文章も読めたりするのか?」
義明はあたりを見渡した。何か文章があるものはないか。
すると、キッチンのところに一冊の本がおいてある。分厚い、辞書みたいな本だ。義明は手に取り、本を開き、中身を読み出した。

「はい、今日の講義はここまで。
今回の内容について、各自レポートをまとめること。いいわね」
そういって生徒たちの返事を待たずに、アリ―はすぐさま講義室を出ると同時に早歩きとなった。本当だったら全力疾走したい。箒に乗って最高速度で移動したい。移動は絶対歩くという絶対的なルールを作った創設者が今は恨めしい。
こんな逸る気持ちはいつぶりか。大好きな講義を、一秒でも早く終わらないかと終了30分前には、ソワソワと時計を見ていた。
「あ! アリ―所長! 聞いてください! 昨日僕ら……」
「駄目! 後にして、今日は、というかしばらく無理です! 質問等はまた来週でお願い!!」
生徒の呼びかけにも、いつも笑顔で答えるアリ―だが、今回は異例中の異例。
だかれ、生徒たちに動揺が走る。いや、生徒たちだけではない。研究員たちもアリーの行動に目が点になっていた。
「どう!」
ガラッと勢い良く研究室の扉をあけ、中にいる人物に声をかける。すこし息が上がっていた。
「あ、所長。早いですね。
……まさか走ってきたんですか?」
「走ってないわよ。人生最高速度で歩いたのよ!」
「は、はぁ」
「そんなことより、アベルト!
どう? 何か変化あった?」
「んー、何も変化ないですね……。もう解除魔法をかけて5時間になりますけど……まったく変化がおきないですね」
「……なるほど。さすがフレンダ様。
こんな硬いプロテクトを作ってしまうなんて……」
「別の方法を試しますか?」
「……いえ今日は、このまま朝まで解除魔法をかけ続けましょう。
それより、シークレットコードの写しはできた?」
「はい……ですが、見たことのないコードで……、ただでさえ5分の1しか写し出せなかったのに、これでは……」
「うーん……」
アリ―はアベルトからコードの写しに目を通す。確かに見たこと無い文字だ。この世界の文字の7割りは読むことができるアリ―でさえ読めないとは。文字さえ読めれば、シークレットコードの解析が大いに進むと心踊っていたのだが……。
「いや、逆にこれはこれで面白いわ!
まだ私の知らないことがたくさんあるのね! これはもしかするとフレンダ様が独自で開発したコードかもしれないわ」
そう思うと更に気持ちが高ぶり、ニヤニヤが止まらない。
「さっそく部屋にこもって解析するわ。しばらく誰も入れないようにするから……その前になにかある?」
「えーっと……とくには……あ!
昨日、2人組の学生が何やら新種の虫を見つけたと騒いでいましたね。
捕まえて、所長に見せるんだって意気込んでましたよ」
「……新種の虫?」
「あ、その様子だと、彼らは捕まえられなかったらしいですね」
アリ―は眉を細める。
そして、脳内で結論付けたのか、軽くため息を吐いた。
「どうせ、魔法実験で変異してしまった虫でしょう」
「私もそう思います。
でも気になったのが魔法罠を食い破ったっていってたんですよ」
「へぇー」
これには細めていた目が軽く開かれる。
「学生の魔法罠とは言え、魔法を食い破る……か。
うん、それは実験のやりがいのある虫ね」
「あ、それ。私も同じこと考えてました」
アリーとアベルトはくすっと二人して笑った。アベルトのこういう気があうところが、アリ―は好きだった。自分の研究室に招いて本当に良かったと感じる。
「あ、そういえば。ヨシアキ様は一人で大丈夫ですか?
おきたときに一人だと、流石に驚くのでは……」
「大丈夫。ちゃんと置き手紙を残しておいたわ。リラックスの魔法もかけておいたし。きっと今頃寛いで私の手料理を食べてることよ」
美味しそうに料理を食べるヨシアキを想像し、アリ―は嬉しい気持ちになった。両手にパンを持って、あむあむと頬張るヨシアキは、なんと可愛らしいんだろうと。
今日の夜はもっと美味しい料理をご馳走してあげよう。
「え、あれ? 所長。でも、ヨシアキ様。この世界の文字読めるんですか?」
「ふっふっふ。そのあたりはちゃんと抜かりはないわ!」
ジャーンと一枚の紙切れをアベルトに見せる。
「え? まさか翻訳切手ですか! すごい! こんなレアなアイテム!
なるほど! 確かにこれなら!」
「そう、これさえ紙に貼れば、どんな文字も一発で読めちゃうわ」
「よく持ってましたねぇ! そんな貴重なもの」
「ええ、たまたま一枚だけ見つかったのよ。だから、置き手紙を残すという手段を使ったのよ」
アリ―は大げさに胸を張って、得意げな顔をする。ここでいつもなら、アベルトがあははっと笑ってくれるのだが、アベルトの表情は疑問が残っている顔であった。
「ん? どうしたの?」
「あ、あのー、所長。
翻訳切手って字を書く紙にそれ貼らないと効果が……」
「……あ」



SS こっそりと

こっそりと



「花ちゃん、時間ある? もしあるなら、お礼にコーヒーおごるけど」
「……すみません、課長。このあとすぐに2階に呼ばれてるんです」
「あら、そうなの? 花ちゃん人気もの〜」
「あははは……」
「まぁ、実際、花ちゃんが入ってくれたおかげで、みんな助かってるからね。
みんな言ってるよ。花ちゃんのおかげ、仕事がスムーズにいくって」
「いやいや、そんな。私なんて……」
「本当だって。部長も言ってたよ。よくあんないい人材がこの会社来てくれたって。本当よかったって」
「本当ですか? ……それなら、嬉しいですね」
「ふふ、あ。引き止めてごめんなさいね。依頼、がんばってね」
「はい、ありがとうございます。課長」

ソールメイト株式会社は、電話営業を主軸とするコールセンターの会社である。従業員数2000人を超える、県内では5本の指にはいるほどの大きいコールセンターだ。
従業員のうち正社員は50人もおらず、その殆どが、パート・アルバイトの20代後半から70代前半までの女性で構成されている。
私、中谷 花は、今年10月(今から1ヶ月前に)に転職してきた、数少ない正社員の一人だ。
コールセンターの会社に入社したからといって、電話営業をやるわけではない。私が所属している部署はバックヤードで現場を支援する、管理部の一員だ。その部署のシステム課の社内システムエンジニアとして、パソコン関連のヘルプデスク業務や新システムの導入や、コールツールの改修などを主な仕事としている。
入社当日に人事から「中谷さん、営業でもできるよ。どう営業にいかない?」と言われたが、全力でお断りをした。
営業なんてやってられない。やりたくない。
なんのために前職の経験が活かせる職種を選んだと思ってるんだか。
私はもう前職のようなあんな仕事はしたくない。楽して、得意なことで食って行くんだ。そのためにここに入社したんだ。
「でも……正直、失敗したなぁ……」
楽な仕事と思って入社したが、全然楽ではない。
もちろん、前職に比べたら仕事はかなり楽だ。
楽だが、前職にはなかった辛さがここにはあった。

ソレが2つある。
7年以上在籍しているのにも、関わらず殆どの社員から信頼がない、私の先輩。面接したときは、「いい人だな」「前職の暴力野郎とうはわけが違うな」と思ったのだが、蓋を開けてみればとても仕事ができない人であった。
それはシステム部分の知識ではなく、仕事のススメ方だ。この人、2つ以上の仕事を効率よく捌くことができないのだ。2つ以上仕事があると、頭が混乱して、うまく調整が効かず、私に仕事を振ってくる。いや、振るのは構わない。振るのならちゃんと説明して振ってほしい。
もう一つは、この会社のパソコン知識が、めちゃくちゃないということ。それは正社員を含めてだ。
まさか「強制終了はどうやるのか」と聞かれたときは、冗談でいってるのではないかと思ったほどだ。
ネットが繋がらないと強めの口調で内線してきて、いざ確認してみるとネットケーブル(LANケーブル)が外れているだけとか。そもそも、ケーブルをつなげないとネット見れないことを知らなかった。
こんな細かい依頼(依頼といっていいのかわからないが)が、15分置きにくるのだから、私は管理部のある8階と現場の2階を行ったり来たりしているのだ。
自席を温める時間なんて皆無だった。
「お疲れ様です。どうしました?」
「ちょっと中谷さん。これ、なんか変なのがでてきたんだけど。毎回でるんだけど、これなんなの?」
「あ。それはセキュリティソフトの定期診断なので、放置しておいてくださいね」

ストレスを和らげる時間のお昼休憩の時間。私はふーっと一息ついてお弁当が入っているロッカーを開ける。すると、そこに自分が入れた覚えがない、お菓子が一つはいっていた。私はそれを見て、口角があがる。
入れた覚えはないが、誰がいれてくれたのか、私はわかっている。
「栄子さん、またこっそりいれてくれたんだ」
栄子さんは、2階で電話営業をやっているパートのオペレーターさんだ。たまたま帰る方向が一緒になり、そのとき話した趣味の話題で盛り上がり、それ以来仲良くしてくれている。
栄子さんが美味しいチョコを買ったからおすそ分けをしたいということになり、私のロッカーに入れといてほしいとお願いした。そのとき、栄子さんが
「なんだか悪いことしてないのに、悪いことしてるみたいでドキドキしてなんだかいい感じだったわ」
と嬉しそうに話していたので、それから私もお返しにこっそりと栄子さんのロッカーにお菓子を入れた。栄子さんが言ったようになんだかドキドキして、いい感じだった。
以来、不定期にこっそりとお菓子を渡し合う関係となった。
(それにしても、栄子さんはいつ入れてるのだろうか……)
基本、パートのオペレーターは指定された休憩時間外に休憩室に行くことを禁止されている。
(うまく抜け出せてるんだなぁ。営業成績がトップクラスなのだからかな?)
いや関係ない。
私は栄子さんがくれたイチゴのチョコレートを口にポイッと投げ込む。
すると口の中にほんのり甘酸っぱいイチゴの味が、いっぱいに広がった。

後日、私はこの間のチョコのお返しに、栄子さんへのロッカーに近づくチャンスを伺っていた。だが、なかなかそのチャンスが訪れない。
「もう、なんでよ! 金曜なのにこんなに依頼が多いのよ!」
私はエレベーターの中で一人、扉が閉じた瞬間に思いの丈を感情込めて言った。言い切ったあと、監視カメラと目があった。私は思いっきり睨みつけた。
「あと30分しかない。栄子さん今日12時までだから帰っちゃうよ……」
先程受けた依頼は、話の長い部長からだった。捕まったら最後、最低30分は拘束されてしまう。
そんなことになったら今日中に栄子さんに、お礼のお菓子を渡すことができない。そんなの嫌。今日渡したい。
私はエレベーターが移動中に、休憩室のある3階にいくため3のボタンを力込めて押した。
(さっと、最速で入れる!)
すぐに部長のところに行けば、問題ない。この時間なら誰も休憩室にはいないはず。
「よかった、電気消えてる」
私はポッケに入れて準備していたお菓子を確認し、休憩室に入る。
明かりをつける時間も惜しい。
私は急いで栄子さんのロッカーの前までいく。
「えっとぜろ……よん……さん……あ、ずれた」
ロッカーはダイヤル式の鍵がつけられている。暗い上に、焦っているからなかなか揃えられない。
「よし、そろっ……」
「たく……だれだよ。電気消したやつ。喫煙所まで消すなよな」
(え!)
私はロッカーを開ける寸前で、とっさにロッカーの物陰にかくれた。
(部長!)
危なかった。まさか休憩室の奥の喫煙所にいるなんて。
そもそも、人を呼んでおいて、タバコをすっているとはどういうつもりなのだろうか。普段、すぐ来いとか言うくせにと文句言ってやりたいが……だが、今はいい。
電気を消しておいてよかった。暗くて私のことは気づいていないみたいだった。それを証明するかのように、部長はすぐに休憩室を出ていった。
私は一息ついて、再び栄子さんのロッカーを開けて、お菓子を入れ、そしてすぐに休憩室をでた。こっそりと。

また後日。
私のロッカーの中には、お菓子がまた一つはいっていた。