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モロモロの旅 1話 〜ご主人との出会いと最初の写真〜 


「撮りますよー? あれ? 後ろ向きのままでいいんですか?」
「はい……このままでお願いします」
「へへ、なんだか『いつか天下をとってやるー!』ていう感じでいいすね!
それじゃ、行きますよ! はい、3・2・1!」
パシャとシャッター音が背後から耳の中へと到達する。
心地がいい。
いいカメラだと音もいいのだと、知ることができた。
「はい! 撮れましたよ」
「……ありがとうございます。本当に、助かりました」
かえる。『旅かえる』のモロモロは、それは、それは深いお辞儀をしてお礼を言う。なんとも深くてキレイなお辞儀なのだろうか。それはまるで、お辞儀をしているかのようであった。
「ちょちょちょちょちょ! そんな! 写真くらいで土下座なんてしないでくださいよ!」
「え? 土下座?」
「え、だから、そんな土下座しなくても……」
「……え? 誰が土下座を?」
「え? ……い、いやなんでもないです。
あははは。コホン。
……それでは私はこれで。いい旅を!」
「はい、あなたもいい旅を」
写真を採ってくれた優しい御仁のその場で見送り、背中が見えなくなるころに取ってもらった写真を確認する。
この日のために用意した最新型のカメラの液晶の中には、自分が注文した通りの構図で撮られていた。
「ああ、よく撮れてる。
あの人……ほんとにいい人だったなぁ」
撮る際に色々注文してしまった。あーでもないこーでもないと、構図を決めるのに30分以上かかってしまった。それでもあの人は、モロモロが納得するまで付き合ってくれた。『もっとこうした方がいいんじゃないですか?』と提案もしてくれた。
見ず知らずの自分にあそこまでしてくれるなんて……。
世の中捨てたもんじゃない。
モロモロはもう一度、写真を見る。無意識に口角があがる。
写真はとても良く撮れていた。
「初めての旅の記念。ご主人は喜んでくれるだろうか」


旅をするかえる。通称『旅かえる』は旅をすることを生きがいとしている。だが、旅をする為には支援してくれる専属の『ご主人』がいないと旅をすることができない。去年2017年11月に、長い月日をかけてようやく旅をすることができるかえるに成長することができた。記録を残すために最新型のカメラも買った。だが、なかなか『ご主人』が現れなかった。同期たちはみな『ご主人』と出会い続々と旅をし始めている。カメラを磨く日々が続いた。
だが、今日。ようやく自分専属の『ご主人』と巡り合うことができた。
初めて合ったご主人は、なんだかとてもイライラしていた。身体からイライラのオーラが見えるほどに。目を細め、まるで獲物を狙うかのよう……一瞬、蛇にでも睨まれているのかと思いか、身体が硬直した。口もモゴモゴしている。
もしかして何か嫌いな物を食べたからだろうか。もしかして虫歯が痛いのだろうか。もしかして出会う前に何か嫌なことがあったのだろうか。
様々なことを考えているうちに、ご主人から名前をもらった。
それが『モロモロ』だ。今日から、旅かえるのモロモロだ。
モロモロは嬉しくて嬉しくて、堪らなかった。すると、さきほどまで蛇のようだったご主人の目が、とても嬉しそうな目になった。
モロモロは、さっそくご主人が用意してくれたお弁当と四葉のクローバーをもってさっそく旅へでかけ、先程記念すべき、とても大事な写真を撮ることができた。
「さて、帰るか」
次はどこにいこうか。
今から次の旅のことで頭がいっぱいだ。

<旅かえる 公式サイト>

http://www.hit-point.co.jp/games/tabikaeru/

<App Store>

https://itunes.apple.com/jp/app/apple-store/id1255032913?mt=8

<Google Play>

https://play.google.com/store/apps/details?id=jp.co.hit_point.tabikaeru





やだけど笑え



「やだ、私はやりたいくない」
「でも、君以外にデキる人いなから……」
「やだ。嫌なものは嫌です。どうしてこんな大雪の日に私が行かないと駄目なんですか」
これのやり取りが始まって、かれこれ25分以上経過している。流石に周りも疎ましく思いはじめ、チラチラと経理部のおばちゃんがこちらをうっとしそうにみている。人事部の若い事務員は一人だけ興味深そうに見ている。
「だから! 君以外に行ける人間がいないって言ってるだろう! 何度いえばわかるんだ! さっさと言ってこい! このあふぉがああああ!」
怒鳴るや否や、腕を掴み無理やり外に出され、呆気にとられる。まさかあんな態度をするとは思わず、反抗する暇もなかった。
普段怒らない人が怒ると怖いんだな。
あの場にいた皆が同じことを思っただろう。
強風に吹かれる大粒の雪が頬に当たる。ビュービューと耳の中を刺激する。まともに目を開けてられない。目が凍ってしまう。
「無理……こんなの無理」
戻ろう。そしてやつに一言、いや千言言ってやる。手が出るかもしれないが、仕方ない。
だが、怒り虚しく扉を開くことができない。
「鍵かけるか? 普通」
どうやら今回はガチのようだった。戻ることができないのなら、進むしか無い。
「こんな大雪……ここは北極か南極か。
てことは、私はアザラシだな」
ペンギンでもいい。そしてらうつ伏せになってスーッと滑ってやる。
だが、そんなことはできない。一歩、一歩、ザクザクっと音を立てながら先へ進む。歩けば歩くほど、靴の中に雪が入る。もう冷たすぎて足先の感覚がない。
「肺が凍りそうだ……」
鼻水もたれる。そしてなんと鼻水が凍っているではないか。
昔、鼻水を凍らせて、凍らせた鼻水を鼻息で吹き矢の如く飛ばして攻撃してくる雪だるまの怪人を思い出した。
自分はまさしくそれだと思うと、笑いがこみ上げてくる。もしかしたら、出来るかもしれない。やらないが。
笑うと不思議と怒りが収まってくる。そして自分がまだまだ頑張れることがわかった。
笑えば行ける。余裕だ。
いろいろ想像した。氷漬けになるヤツ。雪崩に巻き込まれるヤツ。池に落ちて凍るヤツ。知らない人に服を全部盗まれて裸でブルブル言わせているヤツ。
なぜか全部ヤツのことを考えてしまう。
もしかしたらヤツのことが好きなのかもしれない。
そんなアホな。でも笑える。
そんなことを考える自分が笑える。笑いのエンドレス。
「笑うとなんかいいな」
気がつけば、目的地に到着。
意外とできる。笑ったからだ。笑わしてくれたヤツに感謝した。
「ただいま」
「あれ?! あんた仕事は?」
「辞めてきた!」

 

 




 

Code;Witch 15話

15



異世界に来てから3日目の朝を迎えた。
義明は一人、お留守番していた。正確には朝起きたら、アリ―の姿はなくテーブルの上に一枚の紙が置かれていた。

『ヨシアキへ
よく眠っていたから起こさないでおきました。
今日は、例の石の調査が始まるので、研究所に行ってきます。
朝ごはんとお昼ごはんはテーブルの上においておきます。
温かさを持続させる魔法がかけてあるから、いつでも美味しく食べられるわ。
晩御飯のころには帰ります。
アリ―より

PS
危ないから外にでないでね』

「大丈夫、でないよ。
もうあれは懲り懲りだ……」
巨大な一つ目の獣。
クマやライオンなど比にならない大きさの化物。思い出すだけで、ぞわぞわっと背筋に虫が這うような気持ち悪さを感じる。
何かに食われる。そんなこと考えたこともない。

「それにしても綺麗な字だなぁ。心が優しいと字もきれいなのかね……ってなーんてオレは何をいって……?」
手紙を読み終わると、何かを違和感を感じる。
義明はもう一度アリ―の手紙を読み返す。おかしいところは何もない。普通だ。だが、読み返せば読み返すほど、違和感が生まれてくる。
『はやく気づけよ〜、はやく気づけよ〜』と何かが腋を必要以上に小突いてくるような不快感さえ思えはじめた。
この違和感の正体を突き止めたい。でないと気になって……、と思ったとき腹の虫が『ぐ〜』となりだした。
視線を手紙からアリ―が作ってくれた料理に向ける。目玉焼きと食パンとサラダが、おいてある。
すると腹の虫がどんどんなり始める。『早く! 早く!』と。
(あとで、いっか)
まずは腹ごしらえだ。腹が減っては、戦はできぬ。プログラミングを書いているときもそうだ。煮詰まったときは一度その問題から離れ、リフレッシュするとそのあとは面白いほど、煮詰まっていた問題が解決することがよくある。
なんだか、プログラミング書いていたときのことがすごく懐かしく思える。まだ3日しか経っていないというのに、すごく昔のことに感じる。
毎日書いていたんだ。そう思うのも仕方のないことだ。
「いただきます」
義明はパンをかじる。歯を入れるとさくっといい音がし、中はフワッフワとまるで焼きたてのパンのようだった。いや、焼き立てそのものだった。
「うんまっ!」
自然と声が漏れる。
こんなに美味しいパンは食べたことがない。美味しくなる魔法でもかけているのだろうか。あっという間に一個食べ終わり、また一個、また一個と、両手にパンを持って頬張った。
目玉焼きはパンの上に乗せ、そこにパンを挟み、サンドにして食べる。中から温かいトロッとした黄身が溢れ出してくる。目玉焼きも本当に美味しい。
カゴいっぱいにあったパンが、あっという間に平らげてしまった。
(こんなに朝ごはんを食べたの……ずいぶん久しぶりだな……)
「アリ―、ご馳走さまでした」
義明はふーっと息を吐く。帰ったらお礼と、感想をいわなければ。
義明は再び手紙をとり、今度は感謝を意を込めながらじっくりとアリ―のきれいな文章を読んだ。
同時に、今までの違和感の正体が判明した。
「あれ……そういえばなんでオレ……アリ―の字を読めるんだ?」
アリ―の手紙を何度も読み返す。何度読んでもそれは日本語で書かれている文章ではなかった。当然英語のようなアルファベットではない、ロシア語やアラビア語のような文字ではない。
「古代文字……て、いうんだろうな、オレにとっては……。
そういえば、あの転送装置のときも……」
黒い霧が覆う場所に転移する前に、書かれていた文字。
今回みたいに全部の意味がわからなかったが、それでもどんなことが書かれているかは、なんとなく理解できた。
まるで脳内で自動変換されているような感覚だった。
「どういうこと何だ……? もしかして他の文章も読めたりするのか?」
義明はあたりを見渡した。何か文章があるものはないか。
すると、キッチンのところに一冊の本がおいてある。分厚い、辞書みたいな本だ。義明は手に取り、本を開き、中身を読み出した。

「はい、今日の講義はここまで。
今回の内容について、各自レポートをまとめること。いいわね」
そういって生徒たちの返事を待たずに、アリ―はすぐさま講義室を出ると同時に早歩きとなった。本当だったら全力疾走したい。箒に乗って最高速度で移動したい。移動は絶対歩くという絶対的なルールを作った創設者が今は恨めしい。
こんな逸る気持ちはいつぶりか。大好きな講義を、一秒でも早く終わらないかと終了30分前には、ソワソワと時計を見ていた。
「あ! アリ―所長! 聞いてください! 昨日僕ら……」
「駄目! 後にして、今日は、というかしばらく無理です! 質問等はまた来週でお願い!!」
生徒の呼びかけにも、いつも笑顔で答えるアリ―だが、今回は異例中の異例。
だかれ、生徒たちに動揺が走る。いや、生徒たちだけではない。研究員たちもアリーの行動に目が点になっていた。
「どう!」
ガラッと勢い良く研究室の扉をあけ、中にいる人物に声をかける。すこし息が上がっていた。
「あ、所長。早いですね。
……まさか走ってきたんですか?」
「走ってないわよ。人生最高速度で歩いたのよ!」
「は、はぁ」
「そんなことより、アベルト!
どう? 何か変化あった?」
「んー、何も変化ないですね……。もう解除魔法をかけて5時間になりますけど……まったく変化がおきないですね」
「……なるほど。さすがフレンダ様。
こんな硬いプロテクトを作ってしまうなんて……」
「別の方法を試しますか?」
「……いえ今日は、このまま朝まで解除魔法をかけ続けましょう。
それより、シークレットコードの写しはできた?」
「はい……ですが、見たことのないコードで……、ただでさえ5分の1しか写し出せなかったのに、これでは……」
「うーん……」
アリ―はアベルトからコードの写しに目を通す。確かに見たこと無い文字だ。この世界の文字の7割りは読むことができるアリ―でさえ読めないとは。文字さえ読めれば、シークレットコードの解析が大いに進むと心踊っていたのだが……。
「いや、逆にこれはこれで面白いわ!
まだ私の知らないことがたくさんあるのね! これはもしかするとフレンダ様が独自で開発したコードかもしれないわ」
そう思うと更に気持ちが高ぶり、ニヤニヤが止まらない。
「さっそく部屋にこもって解析するわ。しばらく誰も入れないようにするから……その前になにかある?」
「えーっと……とくには……あ!
昨日、2人組の学生が何やら新種の虫を見つけたと騒いでいましたね。
捕まえて、所長に見せるんだって意気込んでましたよ」
「……新種の虫?」
「あ、その様子だと、彼らは捕まえられなかったらしいですね」
アリ―は眉を細める。
そして、脳内で結論付けたのか、軽くため息を吐いた。
「どうせ、魔法実験で変異してしまった虫でしょう」
「私もそう思います。
でも気になったのが魔法罠を食い破ったっていってたんですよ」
「へぇー」
これには細めていた目が軽く開かれる。
「学生の魔法罠とは言え、魔法を食い破る……か。
うん、それは実験のやりがいのある虫ね」
「あ、それ。私も同じこと考えてました」
アリーとアベルトはくすっと二人して笑った。アベルトのこういう気があうところが、アリ―は好きだった。自分の研究室に招いて本当に良かったと感じる。
「あ、そういえば。ヨシアキ様は一人で大丈夫ですか?
おきたときに一人だと、流石に驚くのでは……」
「大丈夫。ちゃんと置き手紙を残しておいたわ。リラックスの魔法もかけておいたし。きっと今頃寛いで私の手料理を食べてることよ」
美味しそうに料理を食べるヨシアキを想像し、アリ―は嬉しい気持ちになった。両手にパンを持って、あむあむと頬張るヨシアキは、なんと可愛らしいんだろうと。
今日の夜はもっと美味しい料理をご馳走してあげよう。
「え、あれ? 所長。でも、ヨシアキ様。この世界の文字読めるんですか?」
「ふっふっふ。そのあたりはちゃんと抜かりはないわ!」
ジャーンと一枚の紙切れをアベルトに見せる。
「え? まさか翻訳切手ですか! すごい! こんなレアなアイテム!
なるほど! 確かにこれなら!」
「そう、これさえ紙に貼れば、どんな文字も一発で読めちゃうわ」
「よく持ってましたねぇ! そんな貴重なもの」
「ええ、たまたま一枚だけ見つかったのよ。だから、置き手紙を残すという手段を使ったのよ」
アリ―は大げさに胸を張って、得意げな顔をする。ここでいつもなら、アベルトがあははっと笑ってくれるのだが、アベルトの表情は疑問が残っている顔であった。
「ん? どうしたの?」
「あ、あのー、所長。
翻訳切手って字を書く紙にそれ貼らないと効果が……」
「……あ」



SS こっそりと

こっそりと



「花ちゃん、時間ある? もしあるなら、お礼にコーヒーおごるけど」
「……すみません、課長。このあとすぐに2階に呼ばれてるんです」
「あら、そうなの? 花ちゃん人気もの〜」
「あははは……」
「まぁ、実際、花ちゃんが入ってくれたおかげで、みんな助かってるからね。
みんな言ってるよ。花ちゃんのおかげ、仕事がスムーズにいくって」
「いやいや、そんな。私なんて……」
「本当だって。部長も言ってたよ。よくあんないい人材がこの会社来てくれたって。本当よかったって」
「本当ですか? ……それなら、嬉しいですね」
「ふふ、あ。引き止めてごめんなさいね。依頼、がんばってね」
「はい、ありがとうございます。課長」

ソールメイト株式会社は、電話営業を主軸とするコールセンターの会社である。従業員数2000人を超える、県内では5本の指にはいるほどの大きいコールセンターだ。
従業員のうち正社員は50人もおらず、その殆どが、パート・アルバイトの20代後半から70代前半までの女性で構成されている。
私、中谷 花は、今年10月(今から1ヶ月前に)に転職してきた、数少ない正社員の一人だ。
コールセンターの会社に入社したからといって、電話営業をやるわけではない。私が所属している部署はバックヤードで現場を支援する、管理部の一員だ。その部署のシステム課の社内システムエンジニアとして、パソコン関連のヘルプデスク業務や新システムの導入や、コールツールの改修などを主な仕事としている。
入社当日に人事から「中谷さん、営業でもできるよ。どう営業にいかない?」と言われたが、全力でお断りをした。
営業なんてやってられない。やりたくない。
なんのために前職の経験が活かせる職種を選んだと思ってるんだか。
私はもう前職のようなあんな仕事はしたくない。楽して、得意なことで食って行くんだ。そのためにここに入社したんだ。
「でも……正直、失敗したなぁ……」
楽な仕事と思って入社したが、全然楽ではない。
もちろん、前職に比べたら仕事はかなり楽だ。
楽だが、前職にはなかった辛さがここにはあった。

ソレが2つある。
7年以上在籍しているのにも、関わらず殆どの社員から信頼がない、私の先輩。面接したときは、「いい人だな」「前職の暴力野郎とうはわけが違うな」と思ったのだが、蓋を開けてみればとても仕事ができない人であった。
それはシステム部分の知識ではなく、仕事のススメ方だ。この人、2つ以上の仕事を効率よく捌くことができないのだ。2つ以上仕事があると、頭が混乱して、うまく調整が効かず、私に仕事を振ってくる。いや、振るのは構わない。振るのならちゃんと説明して振ってほしい。
もう一つは、この会社のパソコン知識が、めちゃくちゃないということ。それは正社員を含めてだ。
まさか「強制終了はどうやるのか」と聞かれたときは、冗談でいってるのではないかと思ったほどだ。
ネットが繋がらないと強めの口調で内線してきて、いざ確認してみるとネットケーブル(LANケーブル)が外れているだけとか。そもそも、ケーブルをつなげないとネット見れないことを知らなかった。
こんな細かい依頼(依頼といっていいのかわからないが)が、15分置きにくるのだから、私は管理部のある8階と現場の2階を行ったり来たりしているのだ。
自席を温める時間なんて皆無だった。
「お疲れ様です。どうしました?」
「ちょっと中谷さん。これ、なんか変なのがでてきたんだけど。毎回でるんだけど、これなんなの?」
「あ。それはセキュリティソフトの定期診断なので、放置しておいてくださいね」

ストレスを和らげる時間のお昼休憩の時間。私はふーっと一息ついてお弁当が入っているロッカーを開ける。すると、そこに自分が入れた覚えがない、お菓子が一つはいっていた。私はそれを見て、口角があがる。
入れた覚えはないが、誰がいれてくれたのか、私はわかっている。
「栄子さん、またこっそりいれてくれたんだ」
栄子さんは、2階で電話営業をやっているパートのオペレーターさんだ。たまたま帰る方向が一緒になり、そのとき話した趣味の話題で盛り上がり、それ以来仲良くしてくれている。
栄子さんが美味しいチョコを買ったからおすそ分けをしたいということになり、私のロッカーに入れといてほしいとお願いした。そのとき、栄子さんが
「なんだか悪いことしてないのに、悪いことしてるみたいでドキドキしてなんだかいい感じだったわ」
と嬉しそうに話していたので、それから私もお返しにこっそりと栄子さんのロッカーにお菓子を入れた。栄子さんが言ったようになんだかドキドキして、いい感じだった。
以来、不定期にこっそりとお菓子を渡し合う関係となった。
(それにしても、栄子さんはいつ入れてるのだろうか……)
基本、パートのオペレーターは指定された休憩時間外に休憩室に行くことを禁止されている。
(うまく抜け出せてるんだなぁ。営業成績がトップクラスなのだからかな?)
いや関係ない。
私は栄子さんがくれたイチゴのチョコレートを口にポイッと投げ込む。
すると口の中にほんのり甘酸っぱいイチゴの味が、いっぱいに広がった。

後日、私はこの間のチョコのお返しに、栄子さんへのロッカーに近づくチャンスを伺っていた。だが、なかなかそのチャンスが訪れない。
「もう、なんでよ! 金曜なのにこんなに依頼が多いのよ!」
私はエレベーターの中で一人、扉が閉じた瞬間に思いの丈を感情込めて言った。言い切ったあと、監視カメラと目があった。私は思いっきり睨みつけた。
「あと30分しかない。栄子さん今日12時までだから帰っちゃうよ……」
先程受けた依頼は、話の長い部長からだった。捕まったら最後、最低30分は拘束されてしまう。
そんなことになったら今日中に栄子さんに、お礼のお菓子を渡すことができない。そんなの嫌。今日渡したい。
私はエレベーターが移動中に、休憩室のある3階にいくため3のボタンを力込めて押した。
(さっと、最速で入れる!)
すぐに部長のところに行けば、問題ない。この時間なら誰も休憩室にはいないはず。
「よかった、電気消えてる」
私はポッケに入れて準備していたお菓子を確認し、休憩室に入る。
明かりをつける時間も惜しい。
私は急いで栄子さんのロッカーの前までいく。
「えっとぜろ……よん……さん……あ、ずれた」
ロッカーはダイヤル式の鍵がつけられている。暗い上に、焦っているからなかなか揃えられない。
「よし、そろっ……」
「たく……だれだよ。電気消したやつ。喫煙所まで消すなよな」
(え!)
私はロッカーを開ける寸前で、とっさにロッカーの物陰にかくれた。
(部長!)
危なかった。まさか休憩室の奥の喫煙所にいるなんて。
そもそも、人を呼んでおいて、タバコをすっているとはどういうつもりなのだろうか。普段、すぐ来いとか言うくせにと文句言ってやりたいが……だが、今はいい。
電気を消しておいてよかった。暗くて私のことは気づいていないみたいだった。それを証明するかのように、部長はすぐに休憩室を出ていった。
私は一息ついて、再び栄子さんのロッカーを開けて、お菓子を入れ、そしてすぐに休憩室をでた。こっそりと。

また後日。
私のロッカーの中には、お菓子がまた一つはいっていた。



Code;Witch 14話

14



視力検査、聴力検査、身長、体重、座高、握力検査、体力検査、血液検査、肺活量検査……そして魔力検査。
暴走するアベルトに引きずられ、検査室ならぬ部屋に連れて行かれた義明は、魔力検査以外、とくに『これぞ異世界』と思うような、検査はなかった。
といっても魔力検査も水晶みたいな石に手を当てて終わっただけなので、検査事態はとくに特別なものはなかった。まさか、異世界で20mシャトルランをやるとは思わなかった。20m間をドレミファソラシドがなる間に20mを走り、回数を上げるごとにテンポのスピードが上がっていく体力検査である。
こちらではドレミファではなく、『パン、ピン、プン、ペン、ポン、ポン、ポン、ボン!』の音であったが、それ以外はなんらかわりのない正真正銘の20mシャトルランであった。このときはアリ―とマチルダも一緒に行った。そのときの二人の格好は、普段のローブ姿ではなく、身体のラインがハッキリ見えるなんとも動きやすそうで、かつ男子にとっては目のやり場がこまる格好であった。
結果は義明、97回。高校生としてはまずまずの結果だと思うのだが、この世界では日本での常識はまたしても通用しなかった。
アリ―、549回。マチルダ、555回。二人はとんでない結果を叩き出したのだった。それでいてまだかなり余裕のある様子であった。ちなみに義明の世界の世界記録は375回なのだから、この二人の凄まじさが伺える。
終わったあと二人に笑われるかと思ったが、笑うどころか義明を心配した。97回は二人にとってみれば、あり得ない数字であったらしく、義明がどこか体調が悪いのかと、まさか瘴気の影響と心配そうな表情をしながら言い出した。義明は二人に理解させるのに20分くらい時間を要したのだった。

「お疲れ様、ヨシアキ。これで全部の検査は終わりよ」
最後の肺活量検査を終え、長かった検査が終わる。
「ふー、おつかれぇぇぇ。はぁー」
「ふふ、流石に疲れちゃったかしら」
「そりゃ今日は走ったからね……普段あんなに走らないから」
それなのにアリ―にいいところを見せようと、すこし無理をして頑張ってシャトルランをやったのに、いいところを見せるどころか逆に不甲斐ないところを見せつけてしまった。
世界記録を軽く超えちゃうのだから仕方ないといえば、仕方ないが……。
「な、なぁヨシアキ……お前の世界の人間たちは皆このような数値なのか?」
「え……」
「とくに握力とか体力とか、肺活量とか……。どれも子供以下の数値だぞ?」
「こ、子供以下!?」
まさか子供以下の数値とは思わず、つい声を上げてしまった。
「でも、どの検査も異常に低い以外はどれも正常ですね。とくに異常は見られないですね。ヨシアキ様は普通の人間ですね」
「ああ、普通の人間だな」
「普通の人間ね」

「と! いうことはですよ? ヨシアキ様が普通ということは、やはりあの石以外に考えられません!
さー! ヨシアキ様の調査が終わりました!
今度は石の調査ですよ! 調査!」
「だから落ち着きなさい、アベルト。
ねー、ヨシアキ。あなたが持っていたこの石のネックレス。
調べさせてもいいかしら。
もちろん、壊したり、傷つけたりしないわ。調査が終わったらちゃんとあなたに返すわ。
だから、お願いします」
深々と頭を下げるアリ―。
「ちょ、アリ―! 顔上げてよ! そんな調べるくらいいいよ!」
「ホントっ!」
パッと顔上げるアリ―。
その顔はとてもうれしそうで目が輝いていた。
「うーーーー! ありがとうヨシアキ!」
「あ、アリ―!」
そしてバッとヨシアキに抱きつくアリ―と、それにより慌てるヨシアキ。
瞬く間に顔が真っ赤になり、今にも茹で上がりそうであった。
「ふふふ、アリ―。そのまま抱きついたままだと、ヨシアキが鼻血を出して倒れてしまいそうだぞ」
「え?」
抱きつきながらアリ―はヨシアキの顔を見て、慌てて身体を離した。
「ご、ごめんなさい。ヨシアキ、大丈夫」
「う、うん。だ、大丈夫」
その後、すぐさま調査したいと駄々こねるアベルトをアリ―とマチルダは落ちるカセ、ヨシアキの石は研究所の保管庫に厳重に一時的に保管される事となった。
調査は明日から。ヨシアキとアリ―は研究所を後にするのだった。
「ちなみにあの一つ目の化物ってなんなの?」
「ああ、あれはムルピーよ。といっても瘴気で異常な大きさになってるけどね」
「あれがムルピーなの!」

「はぁ……明日までお預けかぁ……」
ヨシアキが帰ったあと、今回の検査のデータを一人整理した。今日は衝撃的なことが多くあった。
自分の憧れの魔女フレンダの孫に会え、魔女フレンダが孫のために残した、フレンダしか作れない貴重な石。
シークレットコード。フレンダが扱えたとされる魔法、知識はどれも習得できたが、このシークレットコードだけはどんなに頑張っても習得できなかった。実の妹であるマチルダさえ、このコードを読み解くことができずいる。天才アリ―でさえも。
「せめてもっとじっくり見ておけばよかった……ん?」
「おい、見つけたか!」
「いや、いない……ちくっしょ、完全に見失ったなぁ」
何やら騒がしく、焦っている声が聴こえる。
声のする方へ顔を向けると学生2人が何かを探している様子でキョロキョロしてりしていた。
会話の内容からするに大方、実験に使うムルピーでも逃してしまったのだろう。
アベルトはよくあることだと思い、アベルトはそのまま通り過ぎようとしたときだった。
「あれ、絶対新種の虫だよな」
「あんな奇妙な虫、初めて見たぜ。きっと研究員に渡せば報奨金がもらえる。それだけじゃく、アリー所長に感謝なんてされたり……」
「ああ! それめっちゃ最高!
……でも、よく跳ねる虫だったな。全然追いつけなかったぜ」
「トラップ魔法に引っかかったと思ったんだけどなぁ……すり抜けるなんて……」
「お前のトラップが不完全だっただけだろ。たく、しっかり組み込んでればなぁ」
「だから、誤ったじゃん!」
「わーってるよ。とにかく、もう一度探そうぜ」
「……ああ、そうだな」
学生2人は、再度二手に分かれて探しにいった。
新種の虫。学生たちは興奮した様子であったが、こんなところにいるわけがない。
「どうせ、魔法薬とかで変異してしまった虫なんでしょー」
そんな虫にアリ―が喜んで感謝をするわけがない。きっと困ってしまうことだろう。
魔法で変異してしまった生物など、星の数ほどいる。いい例が今回ヨシアキを襲ったとされるムルピーだ。
通常であればネズミのように小さく、そしておとなしい動物なのだが、十の災厄が残した爪痕、瘴気によって想像もできない変異を遂げている。それが害獣として生態系を崩したり、人に被害をだしているのだ。
また、魔法実験の結果、異常変異をする個体も多くいる。
今回学生たちが見たとされる虫は、瘴気ではなく魔法によって変異したものだろう。生物が変異するほどの瘴気がこの研究所にあるなんて考えられない。もしあったりしたら大事だ。
「それにしても……トラップをすり抜ける虫かぁ……。
もしホントなら実験のやりがいのある虫ね」



Code;Witch 13話

13



重たい瞼をゆっくりあけ、徐々に義明の目に光が入ってくる。
寝起きなのに不思議と眠気なく、意識がはっきりしていた。そのため、身体のダルさと重さがしっかりと脳が意識し、全身に伝わってくる。インフルエンザが治ってすぐの状態みたいだった。指一本動かせる気力もない。
義明は自分の今の状況を想いでしていた。確か、でかい一つ目の化物と出くわして、食われそうになったところをアリ―が助けてくれて……それ以降、いくら思い出そうとしても、思い出せないということは、あの後気を失ったか……。それにしても、なんというタイミングでアリ―は助けてくれたのだろうか。今にも化物に食われそうなところを助けるなんて、まるで漫画のヒーローではないか。あまりにもベタすぎる展開だったから、このあとアリーとアベルトが「ドッキリでしたー!」なんていってきても、何も驚かない。むしろ安心する。でなければ、この世界は自分がいた世界と違って、“死”が近いということを肝に命じておかなければならない。今まで生きていて、本当に“死”というのを実感してことがない義明にとって、これほど未知で恐ろしいものはない。あの化物の一つ目が脳裏に浮かぶ。両脇がきゅっと締まり、肺が圧迫し、息苦しい。手にも力が入る。ダメだ、考えるな。義明は深く深呼吸をした。一回では足りない、二回、三回……十回目を過ぎたあたりでようやく落ち着いてきた。
落ち着いた義明は再び目を閉じようとしたときであった。すぐ近くで話し声が聞こえた。
違う声が2つ……いや3つ。1つはもうすでに聞き慣れた声、アリ―の声だ。残り2つは聞き覚えのある声。大人の女性の声と涙まじりの声だ。

「わだすは……わだすはなんてことを……」
「アベルト……いい加減泣きやまんか。
今回の件は明らかに想定外の事故だ。今後はこのようなことがないよう、しっかり対策を練ればよい。
……幸い、ヨシアキは無事だったのだからな」
アマンダはふぅっとため息を吐いた。
「でもぉぉぉ、でもぉぉぉぉ」
「お祖母様の言うとおりよ。そんなに自分を責めないで。
それに、不幸中の幸い……とでもいうのかしら……今回の件でヨシアキについてわかったことがあるもの」
(おれについて……わかったこと?)
アリ―の言葉を聞いた義明は、薄っすらとしか開いてなかった目を更に開き、なんとなく聞いていた会話を集中して聞くよう切り替えた。
「まさか十の災厄が残した邪素の中にいて気を失う程度とはな……。
魔力をまとっていない状態だと、一息吸っただけで呼吸困難に陥るというのに」
「ぐす……運良く瘴気が晴れてたんでしょうか……うううううう」
「いや、たとえ晴れていたとしても、魔力をまとっていないヨシアキは意識を保つことは無理だろう。本当にどうして生きていたのか……」
「うううううううう」
落ち着き始めたアベルトが再び泣きそうに唸る。
十の災厄が残した瘴気……もしかしてあの黒い霧のことだろうか。
だが、義明は黒い霧の中にいたし、その中で霧のことを調べようと匂いも嗅いだし、鼻から肺がいっぱいになるほど息を吸った。
アマンダが言うような呼吸困難などにはならなかった。
「それはきっとこれのおかげね」
アリ―は二人にうっすらいと赤い石のネックレスを見せた。
「石のネックレス?
……まさかその石がヨシアキを守ったと?」
「そのまさかですわ、お祖母様」
「で、でもその石からはそんな魔力は感じられ……」
「そうか……シークレット・コードか」
「えっ!?」
「はい、フレンダ様にしかかけない、魔術コード……シークレット・コードがこの石には刻まれています。
石全体に、髪の毛一本も入る隙間もないほどに」
石……石とはあの石のことだろうか。
祖母フレンダがプリン事件の後に置き手紙と一緒においてくれた、ほんのり赤い石。せっかく作ってくれたと思い、もらってからずっとつけていた。
まさかそれが自分の命を救うことになるとは、思ってもみなかった。
「……なるほど。95%フレンダの孫だと思っていたが、これで100%フレンダの孫ということがはっきりしたな。
そんな芸当ができるのは、フレンダしか……姉さんしかいない」
「すごい……これ、博物館ものですよ!
永久保存ですよ! 永久保存!」
アベルトの声から涙は消え、驚きと興奮が入り混じっていた。
「もしかすると、ヨシアキがこの世界に来た原因というのは、その石のせいかもしれんな」
「あ、そうか、そうですよ、アリ―所長!
フレンダ様のシークレット・コードが刻まれた石なら世界を突き破る力が備わっていてもおかしくはありません!
その石をもっと詳しく解析すれば、きっと次元魔法は完成しますよ!」
「……うーん」
「ど、どうしたんですか、アリ―所長?」
「いえ、確かにその可能性はなくもないのだけれど……
私はそこまでの力は無いように思えるの。
もっと別の……もっと大きい力……」
「で、でもあのフレンダ様が書いたシークレットコードが刻まれた石ですよ!
これ以上に力のあるものなんてないですよ!
魔力のないヨシアキ様自らが引き金となったとは思えませんし……その石で間違いないですよ!」
「ちょ、ちょっとアベルト、落ち着いて。
結論を急ぎすぎよ。なんにしても、とにかく調査をしないと。
それにこれはヨシアキのだから、ちゃんとヨシアキに許可をとらないと。
それに石よりまず、ヨシアキを調査しないと」
「なら早くヨシアキ様を調査して、かつ石の調査の許可をとって、徹底的に調べましょ! そしていち早く魔法を完成させて異世界へ行きましょう!」
「いや、異世界に行くことが目的の魔法では……ってアベルト!
まだヨシアキは寝て……」
アベルトはアリ―の静止を聞かず、義明が眠るベッドの方へズカズカとすすんでいき、勢いよくカーテンを開けるのであった。
「ヨシアキさまぁぁぁ!
さー! 調査が始まりますよぉぉ!」
「ちょっとアベルト!」
「……あいつさっきまで顔くしゃくしゃにして泣いておらんかったか?」



Code;Witch 12話

12



「えっと……ここどこ?」
気がつくとそこは先程と違う場所が、義明の目の前に広がっていた。
霧のような、だがそれは普段義明が知る白い霧でわなく、黒いモヤがあたりを覆っていた。1m先もまともに見れやしない。
義明はここに来る前のことを整理していた。
「えっと……光の中に入って、石柱にかかれている文字を読んでいたら、急に光だしたんだっけ?」
一緒にいたアベルトは作動しない、とかなんとか言っていたけど。何かの誤作動で発動してしまったのだろう。
でも一体何が原因なのか。
「それにしても、あの文字……」
石柱にかかれていた文字。魔術コード。確かに義明には何が書いてあるのかわからなかった。アルファベットでもなく、ましてや日本語でもない文字で書かれていた。読めるわけがない。
でも、なんとなくではあるが、あの文字が“どんな仕組みなのか”ということは、理解することができてしまった。
「いや、勘違いかもしれない。
もう一度あの文字を見ればわかると思うんだけど……」
もう一度周辺を見渡すも、見えるのは黒い霧。スペルディアの幻想的な世界とはまったくかけ離れたところだ。
(まさか、また別の世界にとばされたってことないよね……いやいや、確か転移先は指定しないと行けなかったはず……)
義明は不意に心細さを感じ始める。
「と、とにかく、戻ろう!……え! 光がなくなってる!」
アベルトの話では転送先に同じものがあり、それで行き来するという話だったはず。義明は膝をつき、地面を確認する。確かにちゃんと研究所と同じ魔法陣がそこにあった。だが、書かれているだけで光を発していない。
義明に焦りが出始める。
「そ、そだ! 文字!」
先程は魔術コードを見ている最中に起動したのだ。同じことをすればまた光が発するかもしれない。
だが、義明は立ち上がり石柱を探すが、見当たらなかった。
「おいおいおい、マジかよ……」

「ああああ! なんで! なんで動いちゃったの!
ありえないんですけど!」
ヨシアキが別の場所に飛ばされた後、アベルトは転移光陣を弄って原因を探っていた。
「なんで! なんで動かないの!
ああああ! どうしよ!」
すぐさま後を追おうとしたが、転移光陣を起動させようとしたのだが、一向に作動する気配がない。
アベルトの顔がみるみるうちに青くなり、頬から大量の冷や汗が流れていた。
「しかもよりによってここの光陣が動くなんて……」
「あら? アベルト、そこで何をしているの?」
「あわう!!」
うんともすんとも言わない装置の前で、あたふたしていると、よく聞くアリ―の声が聞こえた。
声をかけられたアベルトは、両肩がクイッと上がり身体が硬直する。おそるおそる振り返ると案の定アリ―がいる。それだけではない、なんとこの国のトップのアマンダもいるではないか。
「あ、アリ―様……アマンダ様」
「ちょっとアベルト、研究所内では“様”じゃなくて“所長”って言ってるでしょ」
「なぁ、アリ―、前々から思ってたのだが、別にどっちでもよくないか?」
「まぁ! よくないわ、お祖母様! “様”で呼ばれるのと、“所長”と呼ばれるのでは、気持ちの入り方が全然違うのですもの!
だから、お祖母様もここではちゃんとアリー“所長”と呼んでくださいね! 例外は認めません!」
「あぁ、わかったわかった」
アマンダは面倒くさそうに、アリ―の肩をポンポンと叩き、アリ―の暴走をおさめる。
二人が軽い言い合いをしているなか、その二人のやり取りなどアベルトの耳に入ってこない。とにかく今の起きている状況を早く報告しなければならない。
だが、早く説明しなきゃいけないと思えば思うほど、心が動転してしまってなかなか声がでないでいた。
「アベルトも、今度から気をつけ……どうしたの、アベルト。汗びっしょりよ?
もしかして体調でも悪いの?」
「確かに……顔色も悪いな。大丈夫か?」
アベルトは無言で首を縦にふる。それを見た二人は「そう?」ととりあえず納得した。言うなら今しかない。アベルトは意を決して報告しようとした。
「あ、あの……あのですね……」
「そういえば、ヨシアキは? 一緒じゃないの?」
アベルトの身体が再び硬直する。
「トイレではないか? それかお前の部屋で一人さびしく待っているのか。
可愛いそうに……何もわからない場所で一人放置されて、さぞ心細かろうに……」
「お、お祖母様! そんな言い方しないでください! 私はアベルトが任せろというので、それで」
「ふ、わかっている。からかっているだけだ」
「もう! お祖母様!」
「ふふふ、してアベルトよ。ヨシアキはどこにいるのだ? 私も是非ヨシアキに逢いたいのだ。
今日は時間が作れてな。食事でもしながらゆっくり話を聞こうと思ってなって……おい、どうしてそんなに今にも泣きそうな顔をするのだ! ほんとに大丈夫か!」
「ヨシアキ様が……ヨシアキさまがぁぁぁぁぁ」
「よ、ヨシアキがどうしたのか?」
アベルトは泣きながら転移光陣の方を指さす。
「……まさか他の場所に転移してしまったのか。まぁヨシアキはフレンダの孫だ。極小だとは思うが、魔力は持っているだろう。作動してしまっても仕方あるまい。
だが、そんな絶望的な顔をすることもなかろう。確かに、むやみに装置を触らしたのは失態だが、すぐに同じ転移光陣に乗って追いかければいいのだから。なぁ、アリ―。
……アリ―?」
アマンダが呼びかけるも反応がない。アリ―は転移光陣をじーっと見つめたまま、そしてどんどん不安そうな表情になっていく。
何かと思い、アリ―がみる方アマンダも視線をやる。その先にはひとつだけ光を発していないものがあった。
確かあそこの転移先は……と、記憶を蘇らせていくと今度はアマンダもみるみるうちに眉を中心に寄せ、不安そうな表情となった。
まさか、そんなことが……もしそうならこんなことをしている暇ないのだ。
だが、なんにしてもまずは確認しないと。一部始終を見ていたであろうアベルトに確認せねば。
「ねぇ……アベルト……。
ヨシアキが起動してしまった転移光陣って……」
予想と違う答えをくれと、心の中で祈る。
アベルトは鼻をすすり、嗚咽混じりの声で答えた。
「えぐ……えぐ…………禁止……区域E……ちてん……の……です……えぐ……えぐ」
それを聞いたアリ―とアマンダは、一気に血の気が引いたのだった。

義明はじーっとその場で立ち尽くしていた。正確にはせわしなく足踏みをしたり、屈伸をしたり、しゃがんだりしている。さっきから落ち着かないのだ。この黒い霧のせいで下手に動くこともできない。スマフォがあれば、そんなことは無いのだが……。なくなって初めてありがたみがわかるとは、まさにこのことだと、心のなかでブツブツとつぶやく。
「せめてこの薄気味悪い霧が晴れてくれれば……」
無意識に口に心の声が外に漏れる。
そもそもこれは黒いモヤは霧なのか、非常に気になるところだ。
実は得体の知れない、人体に影響がでるガスなんじゃなかろうか。無臭だが、ここは異世界。自分のいた世界の常識と一緒にしてしまっては、いずれ取り返しのつかないことになりかねない。
「霧よぉ〜晴れろ〜霧よぉ〜晴れろぉ〜……ほいっ!」
義明のイメージする魔法発動をやってみる。だが当然、なにか起こるわけもなく、やりおったあとに、「なにやってんだろ」と虚しい気持ちになった。
ふーっとため息を吐いたときだった。なんと霧がだんだんと嘘のように晴れ始める。こんな偶然があるのだろうか。
霧が晴れていくに連れ、義明のさきほどまでの不安で退屈な気持ちが晴れていく。
そして晴れていくにつれ、前方に赤っぽい光が見え始める。もしかすると民家の明かりかも知れない。光の大きさからして、ここからそこまで離れていないだろう。霧が晴れたらそこまで行ってみよう。スペルディアは世界屈指の魔法大国と、アリ―が言っていた。たとえ、ど田舎の国でも知らいない人はいないはず。自分が何処にいるのかきっと分かるはずだ。
「よっしゃ! 霧がはれ……え?」
霧が完全にあたりがより鮮明に見えるようになり、赤い光がある方へ向かおうと足を踏み入れたときだった。
先程から見えていた赤い光。霧が晴れたことにより、その光の正体がわかった。
その光は民家ではなかった。街頭とかそういうものでもなかった。
“グルルルルルルルルルルル”
その正体は、目が一つしかない大きな獣だった。人の顔くらいある大きな一つ目が赤く光っている。あの光はこの目から発されたものだった。
大きな一つ目がじっと義明のことを見つめている。ただ見ているのではない。姿勢を低くし、飛びかかる体勢、狩りの体勢であった。
「……」
蛇に睨まれた蛙。義明は悲鳴も挙げられなかった。だが、それが正解だった。
この一つ目の獣はまだ、義明が獲物だと完全には把握していなかった。きっとあの黒い霧のせいでしっかり義明を認識することができなかったのだろう。それを証拠に、義明を見つめたままそれ以降動こうとしない。
義明の頭の中でどんなことをすべきなのか、必死に考えた。
この獣は自分を食べようとしている。それは間違いない。じゃーどうする。
獣が目を話したときを狙って一気に逃げるか。いや、とてもじゃないが逃げ切れる自信がない。人間なんて走ったところで頑張ってもせいぜい40〜50キロぐらいしかでないのだ。インドアな義明がそんな速度でずっと走りつづけられるわけがない。
そうこう考えているうちに痺れをきらしたのか、一つ目の獣が、義明のほうへゆっくりと向かってくる。そして義明の匂いをクンクンと嗅ぎ始める。これにはたまらず義明は尻もちをついてしまった。
尻もちをついた義明を獣はじっと見つめ、そしてにやーっと口を左右にひろげさせた。
“あ、やっぱり餌だったんだ”とでも言ってそうだった。口からはギザギザとした歯が見える。まるでノコギリの歯のように、隙間なくぎっしりと歯が敷き詰められていた。
(あ、死ぬ……)
獣の歯を見て義明は悟った。あの大きな口に今から入れられて、そのあと骨ごとボリボリと食われちまうんだ。
(まだ、まだやりたいことたくさんあるのに……)
製作途中のオリジナルプログラミング言語『Witch』を完成させたいし、彼女つくっていい感じな青春も送りたいし、ほしい高スペックなパソコンを無駄に買い揃えたいし、犬も飼いたいし、車も乗ってみたいし、世界一周してみたいし。
ああ、もうダメだ。

「ヨシアキ!!」
自分の名が聞こえる、その声がする上空を見上げる。
(ああああああああああああ! アリ―—————!!!)
叫びたかったが声がでない。代わりに目からドバっと涙が溢れ出てきた。
アリ―は箒にのり、こちらに猛スピードへ突っ込んでくる。
獣もアリ―に気づき、アリ―の方を見ると、とたんに、喉から太いドロっとした唸り声をアリ―に向かって放っている。
アリ―のことを獲物ではなく、敵として認識しているのだ。先程ニヤッと緩んでいた口が、キュッと引き締められていた。
「ヨシアキ! そこから離れて!」
アリ―の指示に、義明はすぐさま這うようにその場から離れた。獣は義明に目もくれず、ずっとアリ―の方をみて、警戒している。
義明が離れると同時に、アリーは両手を合わせる。
すると、アリ―の手が赤く光はじめ、そして両手には真っ赤に燃え上がる炎が出現した。
がぁあああああああああ!
炎みた獣は吠える。そしてすぐさま上空にいるアリ―に向かってジャンプした。
獣の爪がアリ―に当たろうとしたそのとき。

「———フレアクラッシュ!」

アリ―の両手あった炎を獣に向かって放ち、そしてドーンと大きい音を立てて爆発した。
爆炎を食らった獣は背中から地面に落下し、そして動かなくなった。
「……すげー」
「ヨシアキ! 大丈夫!? 怪我とかしてない!?」
アリ―が箒から降り、義明の身体を包み込むように出し決めた。
アリ―の声と抱きしめられたぬくもりで義明の身体全体を支配していた恐怖が徐々に消えていき、本当に助かったんだと、安心だと頭のなかで整理始めた。
「死ぬかと思った……」
そして義明は糸が切れた人形のように気絶した。
 



SS 例の物




「お客さん……あんたの熱意に負けたよ。
仕方ない300万で売るよ」
「あ、ありがとうでげす!
恩に着るでげす!」
「……お客さん、いいかげんその『でげす』やめない?
そのルックスでその語尾は似合ってないよ?」
「……これで素でげすよ?」
「まじかよ。
まぁいいや。はい、例のもの。
ほんとに大事にしてくれよ!
こんな格安で手に入るなんて、うち以外にないからね!
それと、今回だけだからね!」
「ぐふふ、肝に命じておくでげす!
ありがとうでげす!」
私はやっと手に入れた。
これを手に入れるために私はどんなに苦労したか。
300万なんて安いもんだ。
最低価格800万で売られている品物だからな。
これで当分は生きて行ける。

私は精一杯のお辞儀をし、店をでた。
出るときに見えた店員の顔の苦笑いがちらっと見えた。
私は店をでて精一杯、深呼吸をした。心を落ち着かせるためだ。でないと嬉しさのあまり、でかい声で叫んでしまいそうになる。
私は300万で購入したものを、改めて袋から取り出し見つめた。
ゴクリとツバを飲み込む。よくアニメとかで『ゴクリ』と擬音が使われるが、本当に緊張状態で飲み込んだツバは『ゴクリ』と音がすると初めて実感した。
「……ぐふ、ぐふふふふふ」
自然に笑いがこみ上げてくる。抑えようにも抑えられない。
私はそれほどのものを手に入れたのだ。

「あれ、吉田くん?」
「にょわーーーーー!」
不意に声がかかり、肩が、目が、肺が、心臓が同時に跳ねあがった。だが、驚いて例の物を落とすなんてそんなヘマはしない。そんなことをするのはアニメのヘタレ主人公か、ドジっ子か、ただの馬鹿だ。
「だ、大丈夫?」
「は、早川氏……お、驚かさないでほしいでげす」
「え……っとわたし、別に驚かしたつもりは……ごめんね」
「うむ、いいでげす。こいつが無事だったので……」
「ん? なーにそれ?」
早川氏はちょっと首を傾けて、私の手にもつ物に視線を移す。その仕草、とってもかわいいでげす。
「拙者……ついに、例のものを手に入れたでげす」
「れいのもの? まさか! ほんとに!
すごーーい! え! ほんとに!
いくら! ねーいくらで手に入れたの!」
早川氏は目玉が飛び出るくらい見開いている。
「聞きたいでげすか?
聞きたいでげすか?」
「うん! 聞きたいでげす!
ねー、もったいぶらないで教えてよー!
私と吉田くんの仲じゃない!」
確かに早川氏とは大学で出会ってからの付き合いになるので、もう8年くらいになる。まさか自分がこんなかわいい子とこうして友達になるなんて、高校のころの自分が見たら歓喜で裸で歌いだすだろう。だが……。
「さすがに、ただでは教えられないでげす。
苦労したでげすからなぁ」
「わかった!
じゃー3分間、私のおっぱい自由にする権利をあげる!
それならいいでしょ!」
「にょはああああ!」
な、何を言い出すんだこの子!
「にょ、な、なにをいって!」
「えー、だって吉田くん。わたしと会うときは1時間に平均89回私の胸……みてるよね?」
「にゅおおおおお!」
確かに彼女と会うとつい目が胸にいってしまう。
だが仕方ないのだ。彼女はなぜか毎回、胸が強調される服ばかり着てくる。春だろうが、夏だろうが、秋だろうが、冬だろうが、胸元をあけ谷間を作ってくる。
そしてときには肩掛けバックを斜めに紐をかけ、『パイスラ』というものをやって更に胸を強調してくるときもある。
これで見ないほうがおかしい。
というか数えられてしまうほど、私はわかりやすく見ていたのか。
「平均89回も見てたってことは、いつか触りたいのかなぁって思って……。
……自分でいうのもなんだけど、結構柔らかくて気持ちいよ?」
「……び、ビッチでげす! そんなの、ビッチでげす!」
「えー! ひどい! こんなこというの吉田くんしかいないのに!」
「な、なんですと! ほ、ホントでげすか?」
「ホントだよー! 私達もう8年の付き合いになる親友でしょ!
親友以外でこんなこと言わないよ!」
「し、親友にもなんだかおかしいでげすが……」
だが、本当に触っていいのか。
大学でも、職場でも、彼女の事が好きな男はたくさんいた。てか、いる!
「さー、吉田くん!
私にその例の物の値段を教えて!
その代わり! 私のおっぱいを3分間、自由にしていいわ!」
早川氏は、上着の胸元を大きくあけ、豊満な胸を突き出す。
……でかい。
私は再び、ゴクリとツバを飲んだ。さっきの音より2段階くらい大きい着がする。
「だ、だめでげす!
これは、これはだめでげす!」
「えええええ!
女に恥をかかせるの!」
「は、早川氏!
この価値を本当に知っているのなら!
こんなものではないでげす!!」
そう、たとえどんな素晴らしいおっぱいであってソレを自由にできたとしても、この例の物とでは割りわない。せいぜい、例の物の袋から匂いを嗅ぐ程度だ。
そのことを早川氏が知らないわけがない。わからないわけがない。
長年連れ添った友として。
「……ふ、さすがだね。吉田くん。
さすが私の親友。
ごめんね、騙すつもりじゃなかったんだ。
吉田君が例の物の価値がわかる人かどうか、試したくてね。
もし、間違った価値の見方していたら、無理矢理でも私のものにしようとしてたから」
「……やはり、自分をためしていたでげすか」
「ふふ、ごめんね。
でもなぁ……やっぱり知りたいしなぁ、値段」
「こればかりは、早川氏でも無理でげす。
そうでげすな……これからの人生、拙者に差し出すっていうのであれば、値段どころか例の物を見て触って、抱きしめてもいいでげすがね。
なーんて冗談でげ……」
「え……ほんと?」
「え?」
「そ、そんな……ま、まさか吉田君からプロポーズを言ってくれるなんて……」
「え?」
「え、っとうん。そっか……うん。そうだよね、うん。
わ、わたしの人生……あなたにあげる。だから、あなたの側にいさせて……」
「え?」
「お願い……します」
「…………」
彼女が深々と頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
私も深々と頭をさげた。



Code;Witch 11話

11



「それで……そちらの方が、あの有名なフレンダ様のお孫さんだと?」
「そうよ! 異世界からやってきたフレンダ様のお孫さん! 私の親戚でもあるわね!」
「……ほんとですかぁ?」
品定めをするように、分厚い眼鏡越しでじっとりと眺める。
この女性の名はベアルト。アリ―の4つ下の魔女で、この研究所の職員。
流れるようにアリ―の研究室に入り、何やら準備していたところに、現れたこの女性。アリ―と同じ三角のとんがり帽子をかぶり、黒のローブをまとっている。服装からしてアリ―と同じ魔女なのだろう。
部屋に入り、義明を見つけるや手に持っていた大量の書類を落とし、床にばらまいた。
それからアリ―に質問攻め。
なぜここにいるのか、どんな関係だ、こいつは何者だ……。
アリ―がなんとか落ち着かせようと必死になるが、それでもなかなか暴走が止まらず、痺れをきらしたアリーは、彼女の腹に一撃を御見舞させ、ようやく止まったのだった。

「にわかに信じ難いですね……。フレンダ様のお孫さんというのもそうですが、その異世界っていうのも信じられないです。ましてや魔力も魔法ない世界なんて……どうやって生きていくんですか」
「ヨシアキの世界では代わりに『科学の力』という不思議な力……いえ、技術と言ったほうがいいのかしら、それが生きるための力らしいわ」
「はぁ……カガク……ですか」
難しい顔をしながらベアルトは首をかしげる。
「まぁ、どっちにしろ、調査とか必要そうですので、今は考えないようにしときます」
半ば諦めた顔をし、深い溜息を吐いた。
「とにかく、この研究が完成すれば、きっと答えがあるはずよ!
ところで、ベアルトは何か用事があってここに来たのではないの?」
「あ、そうでした! 所長! 講義の時間とっくに過ぎてますよ!」
「あれ! ……講義って今日だっけ?」
「そうですよ! みんな所長の講義を楽しみにしてるんですから、早く向かってください!」
「ん〜……でもヨシアキがいるし……一人にしておくには……」
「彼はワタシが対応しておきますので、所長は早くいってください!
さぁ、さぁ、さぁ!」
「わ、わかったから、押さないでベアルト」
アリ―の背中をグイグイ押し、講義に向かわせようとするベアルト。
今度はアリ―が諦めたような顔をし、義明の方をみる。
「よ、ヨシアキ、そういうことだから、すこし待ってて。60分から80分程度で戻ってくるから……それじゃね」

アリ―が部屋から出ていき、ベアルトと二人っきりとなった義明は、居心地の悪さを感じていた。
一分の沈黙が妙に長く、何か話さなければならないのか。そんなプレッシャーを感じる。
「……ヨシアキ……さんでしたよね?」
ねっとりした感じで義明の名が呼ばれる。
心の準備ができていなかった義明の肩がビクッと上がる。
「え、は、はい」
「さきほど、アリ―様……アリ―所長が言っていたことは本当なのでしょうか? あなたが異世界から来た人間で、それでいてあの英雄フレンダ様のお孫さん……ということも……」
言葉に棘を感じる。分厚い眼鏡の中の眼光がするどい。
「……異世界から来たっていうのは、正直、俺もあまり信じられないんだけど……でも、たしかに俺の世界には魔法なんかないのは確かで……。
あと、俺の婆ちゃんも、フレンダって名前で……」
「あなたのお祖母様のフルネームは?」
「えっと、古谷フレンダっていうけど……あ、でも結婚する前はフレンダ・シュットガルトだったはず」
「シュットガルト……」
「こ、ここの世界のフレンダと俺の婆ちゃんのフレンダが同一人物っていうのは、俺もまだ実感わかないっていうか……でも、アマンダさんも言ってたし、貰った写真も婆ちゃんそっくりだったから……えっと……その……あの……」
じーっと義明を見つめられ、言葉だんだんとか細くなる。まるで悪い子供が言い訳しているような気分だった。
「……」
ベアルトは無言のまま、義明のところまでゆっくり歩いてくる。
そして、義明の目の前で一枚の紙を差し出した。
「わ、わたし、フレンダ様の大ファンなんです! 是非お孫様であるヨシアキ様のサインをください!」

アリ―が講義に向かう途中、道行く先で「あの男はだれだ」と問いかけられた。いちいち止まって説明している時間はない。アリーの講義を楽しみにしている、研究生が待っている。それなのに、もう二十分も遅れてしまっている。普段ならこんなことありえないのだが、ヨシアキのことで少し我を忘れてしまっていたようだ。
ヨシアキと出会ってから、妙にヨシアキのことが気になってしかたがない。
異世界の人間だからとか、自分の親戚だからとか、おそらくそういうものではないのだろう。なぜ気になるのかは、今のアリーにはわからなかった。
もやもやするなか、アリ―の歩くスピードがどんどん早くなっていく。魔法を使えば一瞬でつくのだが、施設内での魔法使用は固く禁じられている。
確かにヨシアキのことは一人にしていくのは心配だった。アリ―とは仲良くなってきたとは言え、まだこの世界のことは知らないことだらけ。心細くなることだろう。
「でも、ベアルトがいるから大丈夫か……」
ふと、あの場にいた魔女ベアルトが脳裏に浮かぶ。
ベアルトは信頼できる魔女の一人で、3年前にアリ―の研究チームに見事合格した秀才。人柄もよく、心優しき魔女だ。
そして、英雄フレンダの大ファンでもあり、フレンダが残した数々の功績に憧れを抱いている。
だが、ベアルトはただそこら辺にいるミーハーなファンとは違う。
フレンダが開発した魔法は内部まですべて理解し、今までフレンダの妹アマンダや天才のアリ―以外誰も使えなかったが、彼女は身内以外で使用できる唯一の魔女だ。
だから、きっと孫であるヨシアキのことを悪くしようとは思わないはず。それよりも、サインとかもらってテンションがハイになっていることだろう。
彼女がいれば、きっとヨシアキを的確にフォローしてくれる。アリ―の気持ちがだんだんと軽くなっていった。
「みんな、おまたせ! 遅れてごめんなさいね」
ガラッと講義室の扉を開ける。
「ちょっと、どうしても手が外せないことがあって、それで……」
「ヨシアキのことについてか?」
「そう! そうなのよ! よく知って……え?」
聞き覚えのある声に、だが、この場にいるのはおかしい人物の声が聞こえ戸惑う。
「遅れて現れるとはいいご身分だな、アリ―」
「お、お、おばあちゃん!」
声の方に目をやると、そこにはこの国のトップが両肘をつき、顔をニヤつかせていた。

「まさかフレンダ様のお孫様にお会いできる日がくるなんて……それだけでもすっごく嬉しいのに、まさかフレンダ様がご存命だなんて……わたし……ここに入って本当に良かった……。
お孫様がここにこれたってことは、いつかフレンダ様にお会いできる日がくるということですよね!」
「え、ええ。そうかもしれませんね」
あれからベアルトは興奮が続いていた。今は、義明を研究所内の案内しているのだが、さっきからベアルとのスキップが止まらない。
「お孫様のヨシアキ様は、フレンダ様と目の辺りが似ていらっしゃいますね」
「え、うん。そうかな……というか、そのお孫様っていうのなんか嫌なんだけど……」
「なんと! ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません、ヨシアキ様!」
「……できたらその様っていうのもやめてほしいんだけど……」
「それはだめです。世界の大英雄フレンダ様のお孫様を様付けでお呼びしないで、どうするんですか! 天罰がくだってしまいます!」
ああ、この子も好きなことになると熱中してめんどくさくなる子だ。
これ以上何をいっても無駄だろう。
義明はあきらめ、施設の周辺を眺める。すると、気になるものを見つける。
「あの……ベアルトさん」
「はい! なんでございましょうか!」
「あの光の柱みたいなのは何ですか?」
「ん? ああ、あれはですね」
ベアルトは足をとめ、光の柱のところまで歩く。
「これは転移光陣です。
その光に入って呪文を唱えるか、側にある石柱の魔術コードを起動させると、指定されている場所へ転移できます」
「転移? 移動できるってこと?」
「はい! 転移先に光陣があれば、どん遠いとこれでも一瞬で移動できます。
これはフレンダ様が組み立てた光魔法の理論を元に、アリ―所長が完成させたものなんです」
「え、これ婆ちゃんが関わっているの?」
「人体を光の同化させるなんて、そんな発想だれも思いつきませんよ!
ホント、フレンダ様ってすごいですよねぇ。発想力が違いますよ!」
功績を残しているとは言っていたが、いざ自分の祖母が残したものをみると、本当に自分の祖母が魔女だったとうことを実感してくる。
「へぇ、これを婆ちゃんが」
義明は光の中に身体を入れる。光がでている場所には電球のようなものはなく、代わりに魔法陣が書かれていた。
「えっと光の中に入って、石柱の文字を起動させる……って言っても読めな……あれ、これって……」
「ああ、だめですよ。光にはいっちゃ。といっても、ヨシアキ様は魔力がない上に、魔術コードも読めないですから起動することはないで……」
「あれ、なんかめっちゃ光ってるけど、これってな……」
「……え、うそ」
義明はこの場から姿を消した。
 
 




SS さぁ行こうか

20XX年、夏。

わたしは一人で作っていたロケットが、ついに完成した。



小学生のころ、図工の時間に作ったペットボトルロケットを、クラスメイト全員に笑われてから、はや80年。悔しくて、悔しくて。いつか見返してやろうと、毎日少しずつ、だが確実に前に進み、ようやくわたしは誰にも笑われない、宇宙船を完成した。

 

だが、わたしの周りにはもう、わたしを笑ったクラスメイトたちはいない。

それどころか、わたしのこのロケットを褒めるものはもう、この地球には存在しなかった。

 

「没頭していたら、いつのまにか一人になってたわい」

 

いい加減飯を食えと、ドアをガンガン鳴らす母の声がまるで昨日のように思い出される。

反発して、よく母と父と喧嘩したもんだ。

 

わたしはだれにも邪魔されない空間で作業がしたいと、その時すごく思った。

わたしは中学卒業と同時に、家を出て、生まれた街を離れた。

 

地下は快適だった。

まさに、わたしが理想といた場所だった。

わたしの理想の環境で、わたしがやりたい、大好きなことができる。

これほど幸せなことはない、と心のそこから思った。

 

クラスメイトに馬鹿にされた悔しさで始めたロケット作りも、この頃には大好きになっていた。

わたしはロケットを作るために生まれてきたのだと、強く実感した。

そう思うと、あのとき馬鹿にしたクラスメイトはわたしをこの道を示してくれたといえるだろう。

 

「名前は……なんじゃったかなぁ……」

 

明るく、元気で、目がぱっちり開いていて、きれいな黒髪で、あの子が何かやりたいって言えばみんな賛同して、ついていった。

ああ、そういえばわたしは、あの子についていかんかったな。

それが気に入らなかったのか、あの子はわたしのことをよくからかったり、ちょっかいを出してきた。

 

わたしがテストで悪い点を取ったら笑い、わたしが体育でヘマしたら笑い、わたしが歌を歌ったら笑い……ああ、わたしが何をしてもよく笑っていたなぁ。

 

 

「よく笑う、可憐で、可愛らしい子じゃった……」

 

彼女の容姿は鮮明に思い出される。

なのに、彼女の名前が思い出せん。

 

「だが、今さらじゃったな……。

ふふ、あの子の驚く顔がみたかったわい……。

すこし……いや、だいぶ遅くなってしまったのぉ」

 

わたしは作ったロケットやさしく撫でる。

中学卒業の日に、屋上に呼び出して宣言したことを思い出す。

 

”もう笑われないような、でっかいロケット、お前に見せる! そしてオレは――”

 

「わたしは、あのとき、何を言おうとしたのだろうなぁ……」

 

わたしはロケットのハッチを開け、中に乗り込む。

エンジンを起動し、発射の準備が整う。

 

「目的地は……そうじゃのう」

 

“じゃーそのロケットで、私を緑が沢山の自然溢れる星につれていきなさいよ”

 

わたしは、彼女が言った星にした。

あるかもわからない、彼女が思い描く理想の星。

 

「さて……発進じゃ、SORAKO号」

 

——わたしは、あの子の名前を思い出した。