日別アーカイブ: 2018年2月2日

帰り道の誘惑 〜明太チーズポテトまん〜

帰り道の誘惑 〜明太チーズポテトまん〜



 

ガチャっと重いドアを乱暴に引くと、開けた瞬間に身体を突き刺すような冷気が、中田 一郎の身体を襲う。顔が刺されたように縮こまる。
「さむぅ」
これで何度目だろうか。ここ最近はこのドアを開ける度に口にする。いい加減別、このセリフにも言い飽きた。他にも「寒い」という表現を……と思うのだが、これ以外に出てこない。
まったく、自分のボキャブラリーの少なさを呪いたくなる。
「……雨だ」
3日前から雨もしくは雪になるとパートのおばちゃんたちが言っていたのを、中田は思い出した。一緒に「いやーねー」と言ったことも思い出した。
それなのに、中田の手には傘がない。この前盗まれたからだ。
このまま歩いて10分ほどの駅まで歩くか……。
いや、そんなことしたら冷たさで身も心も冷凍されてしまう。
中田はちらっと横を見る。先程から視界に入っている『7』の文字が刻まれた看板のセブイレブン。看板の光や店内の光が、優しく手招きされているような気がしてならない。これが日本一のコンビニの力なのか。

「いらーしゃっせー」
(えっと……傘は……)
この天気だからなのか、でかでかと一本500円と書かれたダンボールの値札と一緒に、数十本のビニール傘がおいてあるのを、中田は入ってすぐに見つけた。
まるでこの店の看板商品かのような扱いだ。
ビニール傘はだいたいコンビニでは500円。
この500円がワンコインで買えるからお得なのか、たかがビニール傘に500円はボッタクリなのか、中田はよく脳内で度々会議が開かれるのだが、今回は満場一致で『ボッタクリ』と決まった。
(そもそも、盗まれていなかったら買わなくてよかったし……この500円でお菓子とか買えるのに……チョコとかチョコとか……)
中田は小銭を入れる小さい財布を、ワイシャツの胸ポケットから取り出し、小銭をチェックする。
(500円……あるね)
ザッとみて600円以上ある。
(余ったお金でお菓子……いやいや、だめだめ)
余計なものは変えない。昨月は使いすぎて、月末困ったばかりだ。店内を見渡せば甘い誘惑が盛りだくさん。気を抜くとつい買ってしまう。
中田は店内を回ることなく、一直線と会計を待つ列へ向かった。

「こちらのレジへどうぞ」
一つのレジで回していたが、ちょうどいいタイミングでもう一つのレジがあき、あまり待たずに中田の番となった。
ラッキーとそのレジへと向かう。だが、この行動によって中田はあるものが目に入ってしまう。
明太チーズポテトまん。ラスト一個。肉まんや、あんまんを入れる容器に入っていた。
中田はソレを目にした瞬間、先程まで微塵にも減ってなかったお腹がへり、口の中によだれがでてくる。
中田の明太チーズポテトまんに釘付けになった。
(うまそう……明太とチーズとポテトなんて最強に決まってる。食べたい。けどお金……まって、600円以上あったよね。あ、足りる。え、どうする? 買う? 買っちゃう? でもここで耐えたら夕飯がより美味しくいただける……けど、今日月初だからよくね?)
「すみません、あと明太チーズポテトまんもお願いします」
「はい、ありがとーございっしたー」

店をでて、中田はすぐにビニール袋から明太チーズポテトまんをとりだし、包まれていた紙を剥がす。
明太チーズポテトまんを見た瞬間から空腹がピークに達していたので我慢の限界だった。すぐに薄いピンク色の生地にかぶりついた。明太子の香りが鼻をつく。だが、まだメインの餡に到達しない。
つかさず、二口目。
今度はあっつあつの餡が口の中で広がる。そして、ビミョ〜んとチーズが口から伸びる。
ホフ、ホフ、ホフ。
白い湯気が口の中から蒸気機関車のように吹き出る。
(うんめ〜)
三口目。
今度は一口サイズのポテトが登場。口の中に転がる。これがまたホクホクとして美味い。なんだか体中が火照るのがわかる。
気がつくともう半分以上がない。
中田は中央から明太チーズポテトまんをちぎる。するとまた、ビミョーんとチーズが伸びる。チーズが切れて落ちないように片方の明太チーズポテトまんで掬い、そのまま口の中に入れる。
もぐもぐもぐ、もぐもぐもぐ。
もう片方も口に入れる。
もぐもぐもぐ、もぐもぐもぐ。
「ふぅ……ごちそうさん」
うまかった。だけど、もう少しチーズがあって、明太子の味が濃かったらさらに最高だった。
「ふぅ」
吐く息が白くハッキリみえる。
気がつくと定時後に来た仕事に激怒していた自分は遠い昔のように思えていた。
中田は買ったばかりの傘を広げ、これから雪となる雨の中に足を踏み入れた。





 

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