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Code;Witch 10話

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家を出るとき、またあの汗だくになるルートを通らなければならないのかと、義明は心の中で愚痴を吐いた。
義明は人一倍汗っかき。真夏だろうと、真冬だろうと、ちょっと歩いただけで、汗をかき、コメカミから顎にかけて、ツゥーっと汗が滴ることがよくあるのだ。代謝がいいと聞こえはいいが、汗をかく当事者は、気持ち悪いったらありゃしない。
そんな義明の心情を察したのか、アリーがニコっと笑っていった。
「大丈夫よ。あれは最初だけ」
「最初だけ?」
「そうよ。あれは結界なの。
初めてこの家に入るには設定した道の通り、そこで特定の行動を取らないと家に入ることができないの。
一度入れば私が許可したってことで、自由にこの家に入ることができるわ」
なぜそんな面倒なことを……。再びそれ察したのか、アリーは苦笑いをしながら言った。
「んー、ほら、私、なんか人気あるじゃない? 自分で言うのもなんだけど……。まぁその人気で。いいこともあれば、悪いこともあって……」
いい意味でも悪い意味でも。おそらく後者はアリーに対して良からないことを考える輩のことだろう。アリーは女性、それもとびっきりの美女だ。過剰なファンがいてもおかしくはない。
「もし、間違ったルートで行くとどうなるの?」
「廃墟の屋敷で行き止まり。それと一年間、たとえ正しいルートを通っても私の家には辿りつけないわ。あと、三回間違えると、呪いがかかるわ」
「の、呪い……」
「といっても、そんな大げさなことじゃないわ。一ヶ月間トイレとお友達になったりとか、一ヶ月間身体からキツイ加齢臭がするとか、一ヶ月間なぜか出費がかさみ資産が千分の一なったりとかね」
「……ゲームのダンジョンみたい」
義明は自身が好きなゲームのことを思い出した。
「ゲーム? あら、ヨシアキの世界にこんな遊びがあるの? 変わってるわね」
「いや、遊びは遊びでも、アリーが想像しているような遊びじゃないよ。
テレビゲームっていうんだけど……たぶんアリーはわからないかな」
アリーの家にはテレビはない。テレビもなければ、冷蔵庫も、電子レンジも、掃除機も、そして義明がよく使うパソコンもない。いわゆる一般家庭にある家電が存在しなかった。
異世界だから当然といえば当然なのかもしれないが、いざ無いってなると違和感がでる。普段よく目にし、使うものがないとここまでソワソワするものなのかと、不思議に感じた。
「テレビ……ゲーム? ゲームはわかるけど……テレビって何?」
「映像を移す、箱のような板のような機械かな」
「映像を移す……キカイ……? クリスタのようなものかしら」
「ん? 機械って知らない?」
「ええ、聞いたことないわ……どういうものなの?」
異世界だ。当然といえば当然か。
「うーん、電気で動く道具って言ったらいいのかなぁ」
「デンキ?」
「え、電気もわからない? えっと、あ、雷系の魔法ってないかな?」
「ええ、もちろんあるわよ。……え! まさか電気って雷のこと?」
「んー、まぁそんな感じかな」
「へぇー!」
アリーは目を大きくあけて、驚いた。
「ヨシアキの世界は面白いわ……まさか雷……それと同じものを使って道具を動かすなんて……。
そのデンキっというのは雷から取り出すのかしら。雷がよく発生する場所があるのね」
「いや、電気は作ってるんだよ。雷は強すぎて使えないんだ」
再びアリーが驚いく。先程の驚きとは違い、目が限界まで開かれた状態だった。
「え、ちょ、ちょっとまって! ヨシアキの世界には魔力が無いのよね? どうやってその電気を作っているの!」
「えっと……いや、俺も専門家とかじゃないから詳しくわからないけど、太陽光とか風力とか水力とか火力とかで、電気をつくってるよ。科学の力ってやつだな」
「太陽の光ですって……」
信じられないという顔をするアリー。そして顎に手を当ててだんまりになってしまった。
頭の中では魔力もなしに、電気を作ることができるのか考えていた。そしてすぐに答えがでた。答えはノーだ。
映像を写すものは、この世界にも存在する。だがそれは魔力によって動いている。彼女の世界では魔力や魔法によって世の中が成り立っている。あらゆる理論に魔力が関連しており、それがなくなるとこの世のすべての理論が崩壊する。火を起こすのも、風を作るのも、雷をつくるのも、すべて魔力が必要不可欠だ。
それなのに、義明の世界では魔力を使わず、魔法を使わずあらゆるものを生み出しているらしい。
信じられなかった。だが、義明が嘘を言っているようには見えない。
実はアリ―は魔力もない、魔法もない義明の世界を、発展が遅れている世界だというイメージがあった。だが、さきほどの話でその認識を改なければならない。自分たちがもし魔力なし魔法なしの世界になったら生き残れるのか。ほぼ不可能だ。そもそも魔力がなかったら十の災厄に軽く百回は世界を滅ぼされていることだろう。
義明の世界はこの世界よりも技術が凄まじいものなのかもしれない。義明が先程言った『科学の力』。一体どんなものなのだろうか。アリ―は身体の内側から熱い好奇心が、沸々とマグマのようにじんわりと身体中を駆け巡っていく。
「ヨシアキの世界……ぜひ行ってみたいわ!」
「え、そ、そう?」
「ええ! そのために次元魔法を完成させてヨシアキの世界にいくわ!
こうしちゃいられない。すぐに研究所に行かないと!」
「え、ちょ、ちょまってアリ―!」

フルロラル魔法開発研究所。
魔法大国『スペルディア』が誇る世界最高の魔法研究所。
名前の通りに魔法を研究開発ができる施設だが、それだけではなく、学校のように魔法を学び、優秀な魔女、魔道士を世に送り出す学びの場所でもある。
小さいこどもから、お年寄りまで、幅広い年齢、幅広い種族が魔法を学びにこの研究所を訪れる。この施設人口は5000人を超える超マンモス校であり、毎年春と秋に入所試験が行われていおり、倍率は二百から五百倍となる。
施設名のフルロラルは、世界征服を実行しようとした最初の魔王と闘った魔女の名前。また、あらゆる魔法理論の根幹を構築した魔女でもある。
根っからの魔法第一主義者、つまり魔力を持たないもの、魔法を使えないものを完全に下に見ており、それは共に旅した仲間たちも例外ではなく、よく仲間の戦士(後に勇者となる)とよく歪みあっていた。
そんな魔女が作った研究所であったため、当初この研究所は魔力を持たないものはもちろん、魔力があっても魔法を扱えないもの、魔法が扱えても中級以上の魔法を扱えないものは、敷地内すら入れない場所であった。
だが、その分、魔法に関する研究にはうってつけの場所である、設備はこれでもかというくらい、充実している。他国の研究機関が指を加えて羨ましがり、誰もがこの研究所に入所したがった。
現在のように試験に合格すれば誰でも入所できるようになったのは、『十の災厄』が現れてからであった。
『十の災厄』に対抗できるより優秀な魔女、優秀な魔道士が不足する事態がおきる。『十の災厄』が滅んだあと、このような自体を再び起こすわけには行かないとアリ―の祖母、アマンダがあらゆる反対を押し切り、古い制度を廃止し、現在のような体制となったのだった。
アリ―は猛スピードで箒を飛ばし、家を出て3分で研究所に到着した。義明はすこし長いジェットコースターを味わうこととなり、箒を降りたときに少しふらつき、転けそうになる。なんとか踏みとどまり義明は、目の前に広がる研究所を見る。
「で、でかい……ひ、広い!」
「ふふ、すごいでしょ。広さはグルグランデ200匹分くらいかしら。我が国、いえ、世界で一番の魔法研究所よ。広さも大きさも、歴史も、設備も、実績もね」
胸をはって誇らしげに、アリ―は言う。アリ―の豊満な胸に義明は目をそらしてしまう。別のことを考えよう。
そう、グルグランデとはなんだろうか。『匹』という単位を使ったから、おそらく生物なのだろう。でかい生物というと、象やキリン、クジラを想像するが、この異世界で日本の知識で補えることはできないだろう。グルグランデがどのくらいの大きさなのかわからないため、パッとイメージができないが、この研究所がものすごく広いということは火を見るよりあきらかだった。
「私の研究部門は施設の奥のほうにあるわ」
グルグランデのことを考えていると、アリ―は5m以上ある鉄格子の門の取っ手の部分に触れながら話す。すると、その手が触れている部分が光だすと、門がゴゴゴゴっと音を立てながら開いていく。この光景はこの世界に来て2度めだった。
ゆっくりと開いていく門を眺めていると、不意に腕が引っ張られる。アリ―は流行る気持ちが抑えきれなかったのか、門が開ききる前に門を通った。

「あ、アリ―所長、おはようございます!」
「アリ―さ……じゃなかった、アリ―所長。おはようございます!」
「アリ―所長! 3時の会議忘れないでくださいよ!」
「アリ―所長、今日もお綺麗ですね!」
広く、そして長い道を早足で進んでいくと、道行く道で声がかかる。この場所でも同じようにアリ―は人気だった。
一つ違うのが、誰もがアリ―のことを『様』呼びではなく、『所長』と呼ぶ。所長、つまりこの研究所で一番えらい人の称号。義明はまさか、アリ―がこの施設の所長だとは思わなかった。
「アリ―所長! その手を繋いでいる男はなんですか!」
どこからか怒りと焦りが混ざった声が義明の耳に入る。
「え、あ、ホントだ! 誰だ! あの男は!」
「まさか……アリ―所長の彼氏!」
「ばっかやろう! そんなわけあるか! きっと実験台のムルピーだよ!」
「実験台のムルピーか!」
「なんだ実験台のムルピーかぁ」
「そうだ、そうに違いない! アリ―所長は我らの女神だ! 彼氏など作らん! というか俺様がムルピーになりたい!」
「何いってんの! その役目はあたしよ!」
おそらくアリ―の耳に届いていることだろう。だが、そんなことはお構いなしに先へ、先へ進んでいく。アリ―は
義明はムルピーというはわからないが、おそらくモルモットと同じ意味だろう。
自らモルモットになりたがるなんてどうかしていると思いつつ、そして、そのモルモットと認識されている自分が、このさき何か良からぬことされるのではと、少し不安になる義明であった。



Code;Witch 9話



コンコンコンという音が聞こえ、義明の身体がビクっと動く。さきほどの音がドアをノックした音だと気づくのに、数秒かかった。
誰かがお越しにきたのか。
でも今は夏休み。休みの日に起こされることはめったにない。それにノックという優しい起こし方を妹や母がするわけがなかった。
それにしても今日はなぜかベッドから出る気が起きない。いつもなら少しででも目が覚めたらすぐに起きて、コーヒーを飲みにリビングにいくか、プログラミングをするかのどちらかだが、いつも以上にふかふかで、それでいてとても心休まる暖かさでベッドから出たいと微塵にも思わない。冬のこたつと似たような感じだ。まさか自分のベッドがこんなにも眠り心地がいいとは……。ほんの少し開きかけた目を、義明は再び閉じた。
コンコンコン。
コンコンコン。
コンコンコン。
ぼーっとする頭にこの音は響き、義明の左右の眉が中央にギュッとよる。
うるせぇ! っと言ってやりたいが、声をだすのも辛い。この最高に気持ちいことに気づいた自分のベッドをもっと堪能したい。黙っていれば諦めるだろうと、義明は我慢する。
コンコンコン。
「ヨシアキ……」
コンコンコン。
コンコンコン。
ノックと自分の名前が聞こえたことに気づく。
義明は片眼を半開きにして音がなる方を見る。
誰なんだ。
ため息をつきながら上半身を起こす。
そして、すぐに違和感に気づく。
「……あれ俺の部屋……じゃない?」
コンコンコン。
「よ、ヨシアキ。朝よ……起きてる?」
ドアの向こうから女性の声が聞こえる。その声はどこか申し訳なさそうな声のトーンであった。
母や妹、祖母でもない。こんなにきれいな声ではない。
「ヨシアキ、入るわね」
ガチャリと扉が開かれ、
ドアから現れたのは絶世の美女だった。
そして義明はその美女がアリーという名だということを思いだした。
「ああ、そっか……そっか……そうだった」
完全に目が覚めた。お目々はバッチリ開いていた。
昨日の出来事が早送りのように脳内で再生される。
開発中であったプログラム言語が、突然原因不明なバグが発生したこと、目を開けると、自分の祖母が実は異世界人だったこと。異世界の料理はうまかったこと。

そして、その料理で死にかけたことも。

昨晩はご馳走が義明に振る舞われた。
漫画に出てきそうな分厚いサラマンダーのステーキ。
光を当てれキラキラ光るエメラルドキャベツのサラダ。
香ばしい匂いと一個がおにぎり並にでかいエンペラーラビットの唐揚げ。
どれもインパクトが大きく、アッと驚かされるが、とくに驚かされたのは、鮮やかな紫色のデッドマッシュのアヒージョ。
デッドマッシュという名前も見た目も食べたら死んでしまいそうな料理をだされ、義明はアリ―に文句をいった。食べたら死ぬと……。
だが、アリ―はムーっと口を尖らせ「ちゃんと毒抜きしているから大丈夫」とまだ油がグツグツ煮だっているアヒージョを義明の口元に差し出した。
「絶対美味しいから、はい。あーん」
かわいい笑顔だ。
まさか、この異世界にて、しかもこんな美人に密かに憧れを抱いていた『あーん』をしてもらう日がやって来ようとは……。
嬉しい半面、食べたら死ぬのではないかという恐怖。
せっかく作ってくれたのだ。毒抜きしてると言っていた。だが、きのこの毒抜きって聞いたことが無い。
デッドマッシュのアヒージョを食べた。
恐る恐る噛みしめる。
一回、二回……。噛めば噛むほど、デッドマッシュのエキスが口の中にひろがっていく。
「美味しい……」
味は上品でまろやかで、香りが控えめでクセがなく、また食感がよく非常に食べやすい。
言ってしまえばとても美味しいマッシュルームだった。
「そう! 美味しいのよ!
デッドマッシュって高級食材なのよ? といっても調理するためには免許が必要なのだけどね。あ、私は当然持ってるわよ?」
「……フグみたいなものか」
「フグ?」
「毒を持った魚だよ。調理するために免許が必要なんだ」
「へぇ。魚を調理するのに免許が必要なんて変わってるわね」
毒キノコの免許には言われたくはなかった。少なくとも義明の知っている限りでは毒キノコを調理するなど聞いたことがなかった。
でも知らないだけで、実は存在するのかもしれない。すぐに調べたい欲求にかられるが、ここは日本じゃない。義明の部屋ではない。今ここにスマフォもパソコンもないのだ。

次に義明が食べたのが、サラマンダーのステーキだった。
義明は肉が大好きだった。ステーキはもちろん。焼肉、しゃぶしゃぶ、肉ずし。
サラマンダーのステーキはとても柔らかく、ナイフがスゥーっと入り込み、口の中に入れると、今度はスゥーッと溶けてなくなった。美味い肉は溶けるというけれど、本当に溶ける体験をするのは初めてであり、義明は感動した。義明が今まで食べたどのお肉より美味しかった。
義明はあっという間にステーキを完食した……。もう美味しい肉以外食べられないかも知れない。そんなどうでもいい不安を幸せそうに感じていたときだった。ステーキに満足している最中に、身体の内側からどんどん熱くなっていき、次第に汗が身体の毛穴という毛穴から、汗が溢れ出した。
尋常じゃない汗だ。まるで高温サウナにいるみたいだ。汗が滝のように流れる。
胸のあたりが熱い。身体の中が燃えているみたいだ。息も激しくなっていく。吐く息が炎のように熱い。
義明は汗でしみる瞳で、アリ―を見る。
意識がぼーっとするなか、アリーをみると、アリ―はなんだか慌てた様子であった。
「ご、ごめんなさい。サラマンダーのお肉ってエメラルドキャベツと一緒に食べないと、熱さで身体が焼けちゃう……のよ。
でもでも、少量だから、きっと大丈夫……たぶん。
と、とにかくエメラルドキャベツを食べて!」
エメラルドキャベツを義明の口元に無理やり押し込む。熱さでなかなか噛みしめる力がでない。汗と共に体力が流れ落ちているようだった。キャベツが硬いせんべいのような感覚だった。
「ヨシアキ! 飲んで! 飲み込んで!」
細かくちぎったキャベツを口の中に入れ、ようやく飲み込むことができた。
するとすぐに効果が現れ、どんどん身体の熱さが引いていく。
義明は深く呼吸をして、落ち着かせる。
「その……あまりにも美味しそうに食べるもんだから、その……嬉しくなっちゃって忘れちゃってて……」
「……」
アリ―が申し訳なさそうに、お冷をさしだし、義明はそれを一気に飲み干した。
ふぅっと息を吐く。
エンペラーラビットの唐揚げがあるが、手をつけられそうになく、異世界の食事は終了した。
義明は部屋に戻るとすぐさまベッドに倒れ込み、そのまま眠りについた。

部屋に入ってきたアリ―は申し訳なさそうな顔であった。。
「おはよー。アリ―」
「お、おはよー。……ヨシアキ、その……大丈夫?
体調はどう?」
「うん、大丈夫だよ」
「ほんと? なんともない?」
義明はニコっとして縦に首をふると、不安で落ち潰れそうなアリーの顔の緊張が解け、不安を身体から押し出すように、深く息を吐いた。
よく見るとアリーの目にはうっすらと隈ができていた。目も少し赤い。
義明はとても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
義明はアリーのきれいな青い瞳を汚してしまったような気がしてならなかった。
何か言わなければ。でも何を……。
何か言わなければならないと思えば思うほど、何も出てこない。
「アリー……」
「さ、準備して。朝ごはん用意してるから」
義明が何かを言う前にアリーは、この場から逃げるように、後ろを振り返りこの場から離れようとする。
言わなきゃいけない。
「アリー! 昨日はありがとう! すごく美味しかった!」
アリーは立ち止まって振り返った。
「今度は普通に食べても平気なものだから大丈夫よ」
アリーの笑顔はやはりいいもんだった。
 



Code;Witch 8話



台所に立つなんだか懐かしいと感じてしまう。まだ一日も経っていないのに、ここでの出来事はとても濃い物だった。1週間がぎゅっと一日に詰め込まれているようだった。
グツグツと沸騰する音が心地いい。
道具はこの世界でも同じであった。ペーパーフィルターもあり、ドリッパーもサーバーもドリップポットも。
引かれた豆をフィルターにいれ、お湯をそっと乗せるように注ぎ、粉全体に均一にお湯を含ませて数十秒放置する。
するとアリーが不思議な顔をしながら義明に訪ねた。
「いくらなんでもお湯すくなくない? 一人分もないと思うんだけど……」
「ああ、これは蒸らしてるんだよ」
「蒸らす?」
「うん。蒸らすことで、ほらコーヒーが膨らんでプツプツの泡がでてるだろ? コーヒーにはガスが含まれていて、蒸らすことでガスが放出されるんだよ。ガスを出すことで、コーヒーとお湯がなじみやすくなって、お湯の道ができるんだ。
コーヒーのおいしい成分を十分に出すための大切な工程なんだよ」
知らなかったと驚くアリー。
淹れ方の説明をするのもすごく久しぶりだった。あれはどっちが美味しく淹れられるかという勝負をしたときであった。勝敗は義明の圧勝。何が違うのか悔しそうにたずねてくる妹に、蒸らすことで味がよくなるんだよと、自慢気に説明したときのことを思い出し、義明はおかしくなった。
ニヤついている義明を見て、アリーは不思議そうに眉を寄せる。それに気づいた義明は慌ててニヤついている口を閉じ、再度集中する。
そろそろ頃合いだ。義明はお湯をゆっくりと円を書くように注ぐ。
「魔法薬をかき混ぜてるみたいね」
この入れ方がおかしいのか、アリーはくすくすと笑う。どうやらパフォーマンスをしていると思われているようだ。
だが、義明は気にせず注ぎ続ける。ここが重要なポイントなのだ。手元を疎かにしてはならない。義明は視線をコーヒー一点だけじっと見つめている。
あまりにも真剣な表情であったのでアリーは笑ったことに対して嫌悪感をいだいたのだろう、口を閉じた。すると、コーヒーの香りが漂いはじめた。
アリーはいつもより香りが強いことに気がつく。アリ―はいっぱいに鼻から息を吸い、香りを身体のなかに入れ込んだ。
「この香りだ……」
以前飲んだ、プロに入れてもらったというコーヒーを飲んだときに感じた香りだった。
「よし……できた。
さ、飲んでみてよ」
「……うん!」
アリーは台所に入り、すぐさまコーヒーを口につける。
するとアリーの目は大きく見開いた状態となった。その反応を見た義明に、笑みが溢れる。
「へへ、どう?」
義明は腕を組み、自慢げに尋ねた。
「……すごい……こんなに違うの?
義明、あなたすごいわ! 前に飲んだときよりも美味しいわ!」

それからうっとりしながら、ゆっくり味わいながら義明が淹れたコーヒーを飲んだ。飲み終わったときに「もう普通のは飲めない……どうしよ」と口をこぼした。
「よかったらまた淹れるよ。
こんなことぐらいしかできなから……せめてね」
「え、いいの!
それはすごく嬉しい! コーヒーってこんなに美味しいものなのね……」
「豆がいいからだよ。こんなに美味しいの、俺の世界にはないと思う」
「いや、これはあなたが上手いからよ。淹れる人間が上手くないとこんなに美味しくできないわ」
「……」
「ん? どうしたの?」
「いや、ばあちゃんにも同じこと言われたなぁって……つい最近」
「あら、フレンダ様も? ふふ、そうなのね」
アリ―は嬉しそうに口元を緩ませる。アリ―にとって、祖母は英雄。その英雄と同じ考えであることに嬉しくなってしまった。
「ねぇ、ヨシアキ。フレンダ様って普段どんなことしてらっしゃるの?」
「え、どんなこと? どんなこと……」
コーヒーを飲んで、バイクかっ飛ばして、酒飲んで……という状況がカメラのシャッターを切るようにパシャパシャと、義明の脳内に映し出された。
「お祖母様に聞いても、コーヒーを飲んで、箒かっ飛ばして、酒のんで、魔法ぶっ放して……ということしか話てくれないの。
……そんなことないと思うんだけど……ほら、きっと思い出すから話したくなかったんだと思うの。
当時は、フレンダ様は亡くなっていることになっていたから……。
でも私知りたいの! 数々の伝説を作り出した偉大な魔女の一人であるフレンダ様の普段の姿を……きっと日夜研究とかされていたのでしょうね」
「……コーヒー飲んで、バイクっていう乗り物かっ飛ばして、酒のんでたかな。
あ、魔法は一回も使ってないよ。もしかすると見えないところで使っていたかもしれないけど……」
「……もう! なんでヨシアキもそんなこというの! バイクって乗り物はよくわからないけど、さっき私が言ったこととほとんど一緒じゃない!
意地悪しないで教えてよぉ」
ムーっと目を細めて義明を睨みつける。睨みつけるといっても、恐怖を感じるとかそういったものがない。むしろ可愛らしい。
かわいいともっといじめたくなる。よく祖母そんなことを言って、義明や妹をよくからかったりしていた。今ならその気持がよくわかるかもしれない。
だが、今回は意地悪しているわけではなく、本当にそうなのだから、仕方がない。
「いや、だって……ほんとにそうだったんだよ」
「んー、まあいいわ。
いま研究している魔法が完成すれば、あなたの世界に言って直接フレンダ様にお会いして確かめるから」
アリーがふてくされながら、コーヒーをすする。
本気で怒っているわけではないことはわかるが、悪いことしたという罪悪感が出てしまう。
「あ、そうそう。 気になっていたんだけど……いま研究している魔法ってどんなものなの?」
するとアリーのムスッとしていた目が和らいでいく。
「気になる?」
アリーが「ふふーん」とイタズラっぽく笑う。
先程までの不機嫌そうな表情と打って変わって、なんだか嬉しそうだった。
「そりゃ……俺がこの世界に来た原因でもあるからね……」
「教えて上げてもいいけど……ヨシアキ、さっき意地悪したからなぁ」
アリーは自分の髪の先端をいじりながら言った。
「だから、さっきは嘘でも意地悪じゃなく、本当にそんな感じなんだって! 大体嘘ついてどうするんだよ!」
「んー……まぁそうなんだけど……。
でも信じられないのよねぇ。フレンダ様の偉大な功績を見ると、とてもそんな方には見えないのよ。だって精霊王を使役したのよ? 清らかで心優しい方でないとそんなの無理だわ。私以外の人もきっと同じことを言うはずよ」
「……そう言われてもなぁ」
「まぁ、でも今回の研究にはヨシアキの協力は必要不可欠。
どうせなら研究所で話して上げる。詳しい資料とかは全部研究所においてあるの」
「へぇ、研究所ってここから近いの?」
「歩いて30分程度かしら?
あ、今日はもういかないわよ? 流石に今日はいろんなことがありすぎて私も疲れたわ。
明日案内してあげる」

コーヒーを飲み終わった後、アリーは義明を客室に案内した。部屋の前につくと部屋に入る前に、「どんな部屋がいい?」と義明に訪ねた。義明はなぜいまさらそんなことを聞くのだろうかと思ったが、義明は「その部屋で快適に生活できるくらい?」と冗談で答えた。
ソレを聞いたアリーは、「なるほど、なるほど」とノックを10回、コンコンコンコンココンコンとリズムカルに叩いた。
義明はアリーが何をしているのか、(アリーもふざけているのか)、わからなかったが、とりあえずもしこの部屋に誰かいたら、「そんなに叩くなよ!」と怒りながらでてくることだろう。
リズミカルなノックが終わると、アリーは「こんなもんかな……」と言ったとき、ガチャとドアを開けた。
中に入り、「どう? こんな感じ?」とアリーは言った。
案内された部屋に入り、義明は驚いた。白い壁、高い天井、天井にぶら下がっているシャンデリア。ダブルベッド並の大きさのベッド。見るからにふかふかなクッションにソファー。
客室というより、それはもうホテルの一室だった。それもただのホテルの一部屋じゃない、いわゆるスイート・ルームだ。いや、スイート・ルームで止まったことなんて無いから、どんなものなのかわからない。
スイート・ルームはとにかく豪華……という漠然としたことしかわからなかった。だが、この部屋は義明にとって、間違いなくスイート・ルームだった。
義明の目にはこの部屋が金色に輝いて眩しく写り、しばらく口が開いたままだった。
「あら? 違ったかしら……あ! わかった!」
するとアリーは義明を連れて再び、部屋の外へでる。そして先程と同じようにノックを10回、リズミカルに行った。
そして部屋にはいると今度は、部屋全体の装飾が金色に輝く、それはまるで王室のような部屋へと変わっていた。
「どう? 今度はさっきより豪華なんじゃないかしら。隣国の王様の部屋を真似てみたんだけど、どう?」
「えっと……なにが起こったの?」
「え? ああ、そっか。
3年前に私が開発した部屋を自由に帰ることができる魔法よ。自分が一度訪れた部屋なら自由に変えることができるの。
といっても、なかなか高度な上に、魔力を相当食うから、私かお祖母様くらいしか使える魔女はいないのよね。
それで、どう?」
「……さっきの部屋でお願いします」




 

Code;Witch 7話

7 

 



 アリーの家を目指し、活気のある街から離れ、どんどん人気ない狭い通りを、身体を横に向けたり、屈んだり、またいだりと、障害物を避けながら進んでいく。
 「ちゃんと私の通ったあとについてきて」とアリーの家に向かう前に言われた義明は、言うとおりにアリ―のあとを付いてった。言われたときは、何故わざわざそんなことを言うのだろうと、不思議であった。
 その意味が分かったのは、細い道に細長い板が通路を遮っているところに差し掛かったときだった。遮ってると言っても跨げば通れるほどであった。アリ―はそれを跨がず、屈んで細長い板の下を潜って通った。
 義明はそれに対してなにも考えずに、細い板をまたごうとした時だった。
「ちょっと! だめよまたいじゃ!」と義明を静止させる。
「ちゃんと私の通ったあとについてきてって言ったでしょ?」
「通ってるけど……」
「私はまたいで通ってないわ。潜って通ったからヨシアキもちゃんと潜って通って」
「え! なんで!」
「いいから、言われたとおりにして」
 ちゃんと通ったあとについてきてっというのはそういうことか。
 なぜそんなことをするのか、ヨシアキはわけがわからなかったが、とりあえずアリーの言うとおり潜って通った。
 その後も数回、アリ―に同じような注意を受けることとなる。
 注意を受けるたびに、何故と問うが、アリーは「言われたとおりにして」と返すばかりであった。
 細くて狭い道をどれくらい歩いただろうか。義明の服にはホコリや蜘蛛の巣がどんどんくっついて汚れていく。
「……アリ―……あとどれくらい?」
「あとすこしよ」
 これが何度目だろうか。最初にこのやり取りをしてから三十分以上は経っていた。
 義明の額には汗が垂れ、その汗で前髪がおでこにくっつく。普段なら疎ましく髪をかきあげるのだが、今はそんなこと気にできないほど、義明の身体は疲れていた。
 アリーは疲れていないのだろうか。後ろからだと顔色を伺えないが、おそらく疲れていないのだろう。とてもスムーズに進んでいる。
 両膝と両手をついてでないと通れないような、トンネルをぬけると、ようや広いところにでた。
「お疲れ様。ついたわよ」
 やっとついた……。義明はフゥーっと息を吐く。
 頬に垂れている汗をTシャツの襟元で引っ張って拭い、息を整える。
「義明すごい汗ね。疲れちゃった?」
「うん……つかれた」
 運動(といっても歩いただけだが)して疲れるなんて久々であった。
 腰に手をあて、少し荒れている呼吸を落ち着かせながら、あたりを見渡した。
「……ん?」
 あたりを見渡しても家はなかった。いや、正確にはあるにはあるのだが、その家は人が棲むにはとても困難なボロ家があるだけだった。
 ボロ家というより、廃墟だ。絶対に出るやつだ。
 さきほどとは違う汗が義明の背中から流れる。
「さ、入りましょ」
 そういってアリーは廃墟の方を歩く。
「え、ちょっと! え! ホントにアレがアリ―の家なの!」
「え? そうよ?」
「んー、マジか……」
「どしたの、ヨシアキ。顔色悪いわよ? 疲れちゃった?
 早く入って休みましょ」
「え、ちょ! まっ!」
 アリーは義明の手を掴み強引に廃墟の敷地内に入っていく。
「ごめん! おれ、ホントこういうの無理なんだよ! 見るのも嫌なんだよ! ほんとやめて! まじで、ってアリ―力強い!」
 ずるずる引きずられる義明。
 敷地内に入った瞬間、
「……」
「……ヨシアキ、なんで目をつむってるのよ?」 
「へ?」
 義明の目に入ったのは、さきほどの廃墟はなかった。あるのはきれいな家であった。
「あれ? あの廃墟はどこに……」
「ああ、あれは結界よ」
「え、結界? ちょ、アリ―まってよ」
「ようこそ我が家へ」

 カランコロンと音を鳴らしながらドアを開ける。義明は「おじゃましますー」と緊張しながら中に入り、部屋のなかをキョロキョロと見渡す。木の床、木の壁、木のテーブル、木の椅子……そして観葉植物が家のあちこちおいてあり、いいアクセントになっていた。
「適当に座って。
 いまお茶だすから。
 あ、紅茶? ジュース? 一応、コーヒー……もあるけど、どれがいい?」
「えっと、コーヒーで」
「あ、うん……コーヒーね、うん」
 アリーはグッと親指を立てて了解の合図をだす。なんだか歯切れが悪かったが、義明はとくにきにすることなく。テーブルの席につき、改めて部屋の見渡した。
 魔女の家だからもっと薬品やら実験道具やら骸骨やら魔導書らしき本が沢山あると思っていたが、そう言ったものはこの家から見られらない。テープルの真ん中においてあるハーブのような植物を指で突っつく。もしかすると動く植物とかではないかと、期待とちょっとした恐怖をいだきながら突っついたが、特に反応することない、義明の世界にも存在するただの植物であった。
「んー、どしたの? やっぱり義明の世界と違う?」
 台所でお湯を沸かしているアリーがキョロキョロしている義明を見かねて声をかける。
「いや、そんなことなくて……もっといろいろ魔導書とか変なものとか、あるのかと思ってたから……」
「あー、そういうのは全部二階の書斎においてあるのよ。
 これでも私、魔女のなかではきれい好きなのよ」
「へぇー」
 魔女はどうやら義明の予想通り、部屋をものでいっぱいにする人種らしい。そういえば、祖母フレンダも自室はいろんなものがたくさんあり、まるで倉庫のようであったことを思い出す。どうやら祖母は散らかす魔女だったのだろう。
 ピューッと水蒸気が吹き出す音が聞こえる。この世界でもヤカンでお湯を沸かすのか。豆はどんな物をつかってるんだろ。自分の世界と一緒なのか。どんな道具でコーヒーを入れるのだろうか。火はガス? もしかしたら魔法で火を炊いているのかもしれない。
 次第にコーヒーの香りが義明の鼻を刺激する。
「んー、こんなもんかな?」
 アリーが独り言を言ったのが聞こえる。
「おまたせ。
 砂糖、ミルクはお好みで」
「ありがとう」
 香りが強い。もしかするとブルーマウンテンに近いかもしれない。香りが鼻から脳の奥まで浸透していき、疲れが一気にとれるようだった。
「……」
 そんな義明を見ているアリーは内心ドキドキしていた。今まで自分が淹れたコーヒーを飲む前に香りを堪能する人はいなかった。まずかったらどうしようと……。
 義明は十分に香りを堪能し、一口飲む。
「ど、どう? お口にあったかしら」
 緊張した表情でアリーは尋ねる。
 義明は2〜3回舌でゆっくりかき回すように味わった。ソレはまるでソムリエのような口の動かしかただった。
 初めて飲むコーヒーは一口目はゆっくり味合うのが義明の癖になっている。
 それからゆっくりと喉の奥へと流し込む。
「うん……おいしい」
 その言葉を聞いたアリーはほっと胸をなでおろした。
「もう、ヨシアキ、ちょっと緊張しちゃったわ。
 まずいって言われたらどうしようかと思っちゃった」
 アリーの顔には安心したように笑みを浮かべた。
「ごめん、ごめん。
 やっぱ別世界だから、違うのかなぁって……興味でちゃってつい味わっちゃった」
 この世界でもコーヒーはコーヒーであり、義明が大好きなコーヒーであった。
 先程喉を通したコーヒーがどんどん下へ流れていくのがわかる。そして流れるたびに、義明の心は落ち着いていき、何か見えない肩の重りが取れたようだった。それにしてもこのコーヒーは美味しい。
「これね、研究所の職員からお土産にもらったの。結構有名なところのやつらしいわ」
 アリーも自分に淹れたコーヒーを一口飲む。
「んー……まぁ今日はマシかな……」
 アリーは何やら渋い顔をし、どこか物足りなさを感じているようだった。
「え、美味しいよ?」
「うん、美味しいんだけど、ホントはもっと美味しいの。
 プロの人が淹れたものをお土産をもらうときに飲ませもらったんだけど……。
 これとは比較にならないくらい美味しかったわ」
「そんなに美味しかったの?」
「ええ、そりゃもう。
 きっと私の淹れ方よくないのね……。
 コーヒーって淹れる人間によってここまで味が違うなんて思わなかったわ」
 ふと、祖母フレンダも同じようなことを言っていたことを思い出した。義明はそのセリフを祖母から聞いてもいまいちパッとしなかったが、他人からそのようなことを言われると
「ちょっと、俺が淹れてもいい?」

 




Code;Witch 6話



塔から外へでるときに、マチルダから古い写真を一枚受け取った。
そこには、同じ顔をした魔女が二人写っていた。一人はマチルダであることがわかる。
今の姿と全く同じだが、写真からはすこしあどけない感じが伝わってくる。
もう一人は……義明が知る姿より若いが、それは確実に義明の祖母フレンダであった。
「これをおまえに渡しておく」
フレンダは言った。
「もし、お前が元の世界にもどったら、この写真を姉上に……おまえの祖母に渡してくれないか。
そして伝えてくれ、私の大好きないちごタルトを早く返せ……とな」

義明は塔を出てから、写真を見てはしまい、しまっては出しを何回も行っている。
「まだ、信じられない?」
アリーが優しく声をかける。
動揺して写真を見ている義明のことが心配になったのだろうか。アリーは心配そうな表情であった。
「まぁ、ね。正直、実は夢でしたって言われた方が、いいような気がするんだよね」
義明は自嘲気味に笑いながら言った。
「さっきアリーは、ばあちゃんは素晴らしい魔女って言ってたけど、そのなんだっけ? 災厄だっけ? それを倒した以外に何かしたの?」
「ええ、そうよ」
アリーがすこし嬉しそうな表情する。まるでよくぞ聞いてくれましたと、言わんばかりであった。ウズウズしているのがわかる。
義明は「あ……」とやってしまったかと、すこし後悔した。
たいていこういう顔する人は、つい話に熱が入りなかなか話が終わらない。今は気持ちが整理ついていない状態だから、少し遠慮したい気持ちだった。
「あなたのお祖母様……フレンダ・シュットガルト様は史上初めて 四大元素の精霊王と契約し、使役することができた魔女なの!
精霊王一体と契約するだけで、歴史に名を刻める程なのに、それを四体も。
精霊に好かれるエルフを差し置いてやってのけてしまうなんて……やろうと思ってやれるものではないわ!
さらに、災厄たちに効果がある武器を製造したり、水竜王を乗りこなしたり、数々の偉業を成し遂げた偉大な魔女の一人よ」
「そ、そうなんだ……」
興奮するアリー。身近な人物がすごく褒めれるのはなんだかくすぐったく感じる。
するとアリーは何やらひらめいたように、眉が上がり、声を漏らす。
「そうか……その可能性はあるわ
いや、でも結論を急ぐのは……でも可能性は大いにある……」
アリーは顎に手を当て、一人ブツブツ呟く。
「……どうしたの?」
「ヨシアキ、アナタは魔女フレンダ様の孫。アナタには少なからず魔女の血が流れている。
その魔女の血と私の魔法が反応してこちらの世界に来てしまった……かもしれないわ。
今回実験していたのは、時空と時空をつなぐ魔法……反応してもおかしくはない……。
それに、私が妹であるマチルダお祖母様の孫っていうのも、大いに関係があるかもしれない。
……共通する物があれば異次元をも超える? 次元魔法にはそういう性質が実はかくされていた?
んー、これは一から魔導文を組み立て直す必要がありそうね」
ひとりで考え込みをするアリ―に、義明はじっと見つめていた。その表情はどこか楽しそうであった。
自分もこうなのではと、ふいに脳裏をよぎった。
何かに熱中する楽しさは義明もよくわかる。
自身もプログラミングのこととなると、熱中しブツブツと独り言を言ったりしている。
そのせいで、よく母に御飯中は御飯に集中しなさいとか、妹に独り言がなんだか気味が悪いとか、言われていたが、もしかするとアリ―の今の状態みたいな感じなのかもしれない。
そう思うと、義明はなんだかおかしくなり、笑いがこみ上げてくる。笑っちゃうと失礼だ。そう思えば思うほど、笑いがこみ上げてくる。
すると、アリーが義明の行動に気づき、慌てつつも照れた表情をする。
「はっ! わ、わたしったらつい……。
ご、ごめんなさいね。
癖で……一人で考え込んじゃうのよ。気をつけてはいるのだけど……
気味悪かったよね……あはは」
照れくさそうに頬をかくアリーに、義明はドキッとしてしまう。
見た目は美人でクールなので、高値の花のような印象を受け、話しかけるのも恐れ多いと感じてしまうが、彼女の箒飛行中のイタズラ行為や、今のような自分の世界に入ってしまうようなところも、ギャップがあって可愛いと思う。
そして、照れている彼女はまた特別かわいく、目を奪われてしまう。
「よ……ヨシアキ?」
「はっ! ごめん!
いや、大丈夫、大丈夫!
実は俺も熱中しちゃうと独り言を言ったりして、よく母さんや妹にキモいっていわれているから」
「そう……そうなのね」
アリーは小さく良かったとホッと胸をなでおろす。
「ねぇ、アリー。アリーって街の人たちにすごく人気みたいだけど、もしかしてアリーも十の災厄を倒した英雄の一人だったりするの?」
義明はこの街に来てずっと思っていたことを、アリ―に聞く。すると、アリーは驚いたように目をみひらくと、すぐにだんだんとにらみつけるように義明を見る。
「……ちょっとヨシアキ。それ、わかってていってるの?」
「え?」
「お祖母様の話ちゃんと聞いてた?」
見るからに怒っているアリーに戸惑う義明。アリーはそんなことをお構いなしに義明に詰め寄り、圧をかける。
「十の災厄が倒されたのは、今から五十年も前の話よ!
私はまだ、二十二歳!」
アリ―は「失礼ね!」とそっぽを向き、同時に義明の顔がみるみる蒼白となっていく。
「ご、ごめん! いや、その……いや、だってすごい人気ぶりだったから、世界の一つや二つ、魔王の一人や二人倒してるのだと……それで魔王的な存在が十の災厄かと思って……その……ごめんなさい」
義明は深々と頭を下げながら言った。すると、「はあ」と息を吐くようなため息が聞こえた。
「ヨシアキ、顔あげて」
義明は恐る恐る顔をあげると、アリーは小さな咳払いをした。
「ま、まあ。そういうことなら仕方ないから許してあげるわ。
私は、お祖母様やフレンダ様のような英雄的な活躍はしてない。
十の災厄が倒されて、この世界は本当に平和になったの。災厄が現れる前もね、ひどい戦争が続いていたらしいわ。それこそ、魔族の王、魔王が全世界に戦争をしたりね。何世代にも渡って戦いは繰り広げた。
ある魔王が言ったらしいわ。
『この戦いはどちらが根絶するまで続く』と……。
でも十の災厄が現れたことによって、魔王の予言は外れた。十の災厄は人もエルフもドワーフも、竜族も魔族もこの世のすべてを破壊していった。
だから、みんな協力して十の災厄を倒し、この世界の全種族が争いをしてはならないと、硬い約束を結んだのよ。
その約束に一番力を入れてるのがこれが魔族だっていうんだから、わからないものよね」
「じゃあ、アリ―はどういう……」
「私がやったのは、十の災厄との戦いの後始末って言ったらいいかしら。
災厄の影響で絶滅寸前だった動物を魔法で繁殖させたり、腐敗した大地を元に戻したりしたわ」
義明がイメージする魔女の偉業というのは、封印された古代魔法の謎を解いたり、オリジナルの最強の魔法を開発というものだったため、拍子抜けのような感じがしてしまった。
それが顔にでていただのろう。義明の顔をみて、アリーがクスッと笑う。
「イメージと違ったでしょ?」
「え、いや……その……うん」
「そりゃ、昔は辺り一面を炎の海にする火炎魔法とか巨大な竜巻を発生させる魔法とか研究している魔女は多くいたわ。
でも、時代が変われば魔法も変わる。今必要なのはそういう魔法じゃないわ」
そう言ってアリーは微笑み、再び歩き初めた。
するとアリーは思い出したかのように、振り返り義明にいった。
「あ、そうそう。これから私の家にいきます」




Code;Witch 5話



目の前にいる女性を目にし、義明は驚きで目を見開いている。
「誰がばあちゃんだ!」
目の前にいる女性が激怒している。いきなり見知らぬ人間からばあちゃん呼ばわりされたら、それは誰でも怒るだろう。義明の言動はかなり失礼なものであった。
しかし、義明は叫ばずにはいられなかった。
いないはずの自分の祖母フレンダとほとんど容姿が変わらない人間が、目の前にいるのだから。
「いやいや! え? 何? なんでばあちゃんがここにいるの!」
「だから、誰がばあちゃんだ! 私はおまえなど知らん! 私の孫はアリ―だけだ!」
「え?」
その言葉に義明の興奮が冷めていく。すると、アリーがヨシアキの肩に手を優しく手を置く。
「ヨシアキ、あの方はアナタのお祖母様ではないわ。
ここスペルディアで最高責任者であり、私のお祖母様のマチルダ様よ」
「マチルダ……さん」
マチルダという名前を聞いて、興奮が一気に冷めていき、目の前の人が自分の知る祖母ではないということを、実感する。
そうだ。ここに祖母がいるわけがない。
「ご、ごめんなさい。あまりにも似ていたもので……」
「そんなに似ているの?」
「うん、双子かよってくらい似てる……けど、うちのばあちゃんの方が老けてる。
というか、あんなに若い人がアリ―のお祖母さんなの? 若過ぎない?」
見た目三十代前半、人によっては二十代後半という人もいるかもしれない。アリーのお姉さんと言われても納得していしまう。
「魔女は体内に魔力が豊富だからな。それが老化を防いでくれている」
そういうと、マチルダは懐からタバコを取り出し、指をパチンと鳴らし、火をつける。この世界の魔女は、杖なしで簡単な魔法を唱えることができるらしい。
ふうっと煙を吐き出すと、自席にもどり深く座った。
「改めまして、異世界人のヨシアキくん。私がスペルディアの最高責任者のマチルダ・ドルムントだ。
先程の無礼は、お前の若くて美しいであろうお祖母様に免じてゆるしてやる。
……それにしても、私を自分の祖母と間違うとは……。
くっくっく、そんなに似ていたのか?」
「はい、それはもうそっくりです。名前もなんだか似ていますね」
「ほう」
マチルダは興味深そうに机に右肘をついて、前のめりになる。
「美しく若く、そして私にそっくりで、名前も似ているのか。
ヨシアキ、お前のお祖母様のお名前はなんという?」
「古谷フレンダっていいます。フレンダとマチルダ、なんだか響きが似てませんか?」
「え?」
祖母の名前を聞いた途端に、アリーが声を漏らす。義明はアリ―を見ると、目を大きく見開き、とても驚いている様子であった。
マチルダの方見ても、何やら驚いた様子であった。
何か変なことを言ってしまったのだろうか?
マチルダは、動かずじっと義明を見ている。タバコの灰が机に落ちそうだ。
「それがお前の祖母の名か?」
「え、はいそうですけど……」
マチルダは口に手を当て、何やら考え込んでしまった。小声で何かブツブツ言っているようだった。
どうしたのだろうと、アリ―に視線を送ってみると、アリ―もなんだか落ち着かない様子であった。
視線が合うと、アリーは緊張した様子で口を開いた。
「ヨシアキ……アナタのお祖母様の旧姓って知ってる?」
「え、うん。シュットガルトっていう……」
「……お祖母様!」
アリーがマチルダの方を見る。
「それは……それは本当か?」
「え、は、はい」
「もう一度聞くが、私にそっくりか?」
「はい、そっくりです。あ、でもよくよく考えると髪の色も違いますし、肌もマチルダさんのほうがきれいだし……あ、口元にホクロがついてるんで」
「……そうか」
そう言って、マチルダは灰がすべて落ちてしまったタバコを灰皿に押し付ける。
そして空いた手で目を隠すように覆った。
「いきて……いきていたのか……」
絞り出すような声でマチルダは言った。
「別世界にいたとは……どうりで魔力が感じられないはずだ」
「あ、あの……どういうことですか?」
義明は不思議そうな顔でマチルダに尋ねる。
だが、彼女は答えることなくしばらくそのままだった。義明は手助けをもらおうと、アリ―の方をみる。
だが、アリ―もどこか心あらずな表情であった。
生きていた……それは祖母のことだろうか。
この反応からしてこの二人は、祖母のことを知っている。それもただ知っているだけではない。特にマチルダの反応は、長い間探し求めた親友、いや家族を見つけたようであった。
この人と祖母はほぼ瓜二つ。
義明はまさかと思いつつも、思い当たったことを尋ねた。
「あの……まさか、まさかと思うんですけど。俺のばあちゃんと姉妹関係……とかじゃないですよね?」
「……そのまさかよ」
答えたのはアリ―だった。
「アナタのお祖母様は、私のお祖母様と双子の姉妹関係。そしてフレンダ・シュットガルトは世界を崩壊させる災厄から世界を救った英雄の一人よ」

今から一五十年前。世界は災厄と称される化物たちに襲われていた。
『十の災厄』。それが、化物たちの呼び名だった。化物は全部で十体。
ある化物は大地を砂漠に変え、ある化物はあらゆる植物を食い荒らし、ある化物は世界のマナを食い荒らした。
化物たちとの戦いが始まってから一二〇年が経ち、ようやく『十の災厄』は倒された。

「私は、『十の災厄』の一体を倒すことができた。だが、姉は……相打ちという形になり、行方不明となっていた」
話が一区切りになったのか、マチルダは再度タバコを取り出し、火をつけ、煙を肺いっぱいに入れる。
「あんな化物相手にやられるわけがない、絶対に生きていると思っていたが……まさか別の世界にいるとはな……」
「ばあちゃんが……英雄」
義明は視線を下に落とす。話の内容を整理しようとしたのだが、先に信じられないという気持ちが先行し、整理できないでいた。
あの祖母が……別世界の住人で、世界を破滅に追いやる化物を倒した英雄?
「アナタのお祖母様は、それはそれは素晴らしい魔女だったのよ」
「え、魔女? ばあちゃん魔女だったの?」
アリ―の祖母であるマチルダの姉ということで、そうではないかと薄々感じてはいたが、他人から言われるとやはり驚いてしまう。
「なんだ。知らなかったのか?」
「えっと……魔法使ってるところなんて一度もなかったので」
「何? 魔法を一度も使っていない?」
マチルダの眉があがる。
「お祖母様、ヨシアキの世界では魔法がないようなのです。それに、ヨシアキの身体を見る限り、マナもおそらくないのかもしれません」
「ま……魔法がないだと」
マチルダは信じられないような顔をする。
「…そんな世界でよく姉上は生きていけたな……」
「結構楽しくしてますよ?」
昔はわからないが、自由に生活している。
今頃バイクでかっ飛ばしているころだろう。
「ああ、そうだろうな。姉上はそういうお人だ」
マチルダは懐かしむように言った。
きっと仲の良い姉妹だったのだろう。双子ということもあり、自分の半身みたいなものなのかもしれない。その半身がこことは違う世界で元気でいてくれている。それを聞くだけで、元気でいてくれる姿が目に浮かび、その元気なオーラが伝わってくる。
マチルダはタバコの火を消し、椅子から立ち上がる。
「アリ―」
「はい」
「我々の身内が、手違いとはいえ、会いに来てくれたのだ。丁重にもてなせよ」
「はい、お祖母様」
アリ―は一礼しながら返答する。
返答を聞き、マチルダは軽く頷く。
「ヨシアキ、もっとおまえの世界や姉上……お前の祖母の話を聞きたい。
とくに祖母の恋愛についてとかな。あの姉上をもらう男がいるとは……実に興味深い。
夕食でたっぷり聞かせておくれ」
マチルダは微笑みながら言った。その顔を見て、やはり姉妹だなと強く思った。
祖母がたまに魅せる優しい笑顔と重なったのだった。

 




Code;Witch 4話




人生で飛行機を使わず、空を飛ぶという経験をするとは夢にも思わなかった。
箒が飛び立ったとき、義明は安全でないジェットコースターにでも乗った気分で、未知なる体験への期待と落ちたらどうしようという恐怖が義昭の心の中をぐるぐる駆け回っていた。
不安で無意識にアリーの肩を握っている手を強めてしまう。義明の不安が肩を通して伝わったのか、アリーは優しく「大丈夫よ」と言った……が、それでも不安は拭えず、義明は空返事しかできなかった。
義明の返答を聞いたアリーは、チラッと後ろを振り返る。すると、義明はオドオドした様子で下を見ていた。それを見たアリーは口元が緩み、口角が上がる。その表情には面白いものを見つけた子供のようだった。
アリ―は箒の進行方向を下に向け、急降下させた。
「え? あああああああああああああ!
……ああああああああああああああ!」
義明の叫び声があたり一体に響き渡る。最初は軽く脅かすつもりだったが、アリーはだんだんと楽しくなって、急降下と急上昇、縦方向に旋回、横方向に旋回と、ジェットコースターのように動き回った。
「落ちる! 落ちる! 落ちるあああああああああああ!」

通常飛行に戻ると義明は肩で息していた。
「はぁはぁはぁはぁ……し、死ぬかと……死ぬかと思った……」
叫びすぎて声が枯れ、喉が水を欲していた。
「あはははははっ! ごめんなさい、あまりにもびくびくしてもんだから、ついね。
こんないい反応する人久しぶりだわ。いい声だったわよ」
満身創痍な義明とは裏腹に、アリーは楽しそうに笑う。
さすがの義明も言わなければならない衝動にかられる。
「いい声だったじゃないよ! ホントに落ちるかと思ったわ!」
抗議する義明の目には涙が滲んでいた。
「今は私の魔力で覆ってるから落ちることはないわ。現に宙返りしても落ちてないでしょ?
それにしても……ふふふふ、義明の声って叫ぶと高い声を出すのね」
笑いをこらえようと、必死になっているのが後ろからでもひしひしと伝わってくる。
「……ばあちゃんそっくりだ」
義明はボソッと恨むような声で言った。
以前、祖母にバイクで似たようなことをやられたことを思い出し、アリ―の姿と祖母の姿が重なってみえる。怒り方といい、このいじり方といい……。
「あ、ヨシアキ。もうすぐでつくわ。ほら、あそこ」
アリーが義明に声をかけ、手を伸ばし、その場所を指し示す。
義明はその先を肩越しから覗くと、そこには天にそびえ建つ塔が見える。
そしてその塔を中心に町が広がっていた。
「あそこが、私の町、世界で1番魔法が発達している魔法都市『スペルディア』よ」

アリ―の故郷、スペルデイアに到着したそうそう、義明は息をのんだ。
目の前には、金髪の耳が長いエルフ、小柄だが体格のいいドワーフ、猫耳、うさぎ耳、犬耳を生やした獣人が普通にあるいている。
ハロウィンでの仮装やオタクたちのコスプレとはわけがちがった。
「すごい……本物のファンタジーだ」
思わず声が漏れてしまった。
義明は、自分が本当に別世界にいるのだと改めて実感する。
「さ、ついてきて」
あっけにとられている義明をよそに、アリーは歩を進めるので、義明は慌てて後ろについていく。
飛んでいかないのか……そう言おうとしたとき、どこからかアリ―を呼ぶ声が聞こえ、出かけた言葉を止める。
「ねーあれってアリ―様じゃない?」
義明は声をするほうに目をやると、義明と同じくらいの年齢の少女二人がまるで有名人でも見つけたかのような、反応をしている。どっちが声をかけるか相談しているのだろうか、肘でお互いを突っついている。
三角形のとんがり帽子とローブをまとっているのを見ると、アリ―と同じ魔女なのだろう。彼女たちの反応から、もしかするとアリーは魔女たちの間では有名人なのかもしれない。
義明はアリーを見る。
アリーは美人だ。絶世の美女とはまさに彼女のことをさすのだと、義明は思う。夢に出てきただけで見惚れてしまうほどなのだ。実物を見て惚れない訳がない。
いまだにもじもじしている魔女二人に気づいたアリーは、軽く彼女らに手をふる。
魔女二人はそれだけで、幸せ絶頂にまで達している表情であった。緊張もいくらかとれたのであろう、二人一緒にアリ―の方へ歩いてくる。アリーは歩をとめ、彼女らが来るのをまった。
「あ、アリ―さま、大ファンです! 握手してください!」
「サインもください!」
「ええ、よろこんで」
アリーは即答した。その顔は本当によろこんでいる顔であった。
彼女たちは自分たちにかけられた笑顔に、心を射抜かれたいるようすだった。そしてそれは隣にいる義明も同じだった。
こんな笑顔を出すのだ、きっと何されても許されるんじゃないかと思ってしまう。
握手とサインをもらった彼女らはさらに幸せな表情になり、アリーが立ち去ったあともしばらくアリーの背中を見つめていた。
気がつけば視線は彼女たちだけではなかった。この通りの住人たちは皆アリーをみているのだ。そして誰もがアリーに羨望の眼差しを向けていた。
「アリ―様だ」
「ホントだ、アリー様だ」
「相変わらずお美しい……」
「あ、アリ―ってあの……」
もしかすると、アリーはこの国の危機を救った英雄だったのかもしれない。
「着いたは、ここよ」
義明がアリーのことを考えている間に、どうやら目的地についたようだった。
そこは空中でみた高い塔だった。アリーは塔の大きな門に手をかざすと、かざした場所が光りだし、ゆっくりとゴゴゴゴゴという音を立てながら開かれる。
奥に進むと受付みたいなところがあり、アリーはそこに歩を進める。
「アリ―様。おかえりなさいませ」
受付のお姉さんらしき人物が座っていた椅子からたち、深々とお辞儀をした。
「会長はいるかしら?」
「はい、自室にいらっしゃいます」
「ありがとう」
アリーは視線で義明についてくるように促し、さきへ進む。

見るからに偉い人がいそうな扉で、扉の上には何やら文字が書かれたプレートがはめれられていた。
アリーはノックをすると「入れ」という声と共に扉を開けた。
「アリ―、よく来た。研究の成果の報告か?」
「いいえ、おばあさ……会長。まだ時間がかかるわ……でもヒントとなる人物を連れてきたの」
「ほぉ……その男がそうかい? ずいぶん変わった服を着ているねぇ」
「紹介するわ。彼はヨシアキ・フルヤ……別世界のって……どうしたのヨシアキ?」
「アリ―、そいつどうしたんだ? なんかすごく驚いているみたいだが……」
「……ば、ばあちゃん!」
義明は会長と言われた人物を指差しながら叫んだ。
「だれが……ばあちゃんだ!」
義明の祖母、フレンダに瓜二つだった。

 
 



Code;Witch 1話



義明は目をさます。身体を伸ばそうと床に寝そべったら、いつの間にか眠ってしまったようだ。
そして義明は夢を見ていたことを思い出す。その夢は義明にとって、とてもファンタジーな夢だった。
一人の魔女の格好をした女性が草原の真ん中に立って空を見上げ、風が優しく吹くと薄い水色の髪とマントがなびいていた。
風になびかれる彼女の姿は美しく、義明はその魔女に見惚れていた。もっと近くで彼女を見ていたい、そう思って近づくと彼女が手に持っていた杖を手に掲げた。同時に何かを口ずさんでいるようだった。
何をしゃべっているのだろう。
義明は喋っている言葉ききたくてさらに近づいていく。とその時、魔女は掲げた杖を振り下ろした……。
……と、そこで義明は目を覚ましてしまった。
目を覚ました義明は夢の内容を思い出しながらなんで起きちゃったのか、いいところだったのにとすごい悔しさが溢れ出た。
もう一度同じ夢を見たい、そう思って再び目をつぶろうとしたとき、義明は慌ててスマフォを手に取り時間を見る。
「よかった……15分しかたってない」
そんなに時間が経過していないことにホッと胸を息を吐く。
とは言っても、身体は重く、瞼も油断したら完全に閉じきってしまう。今度寝てしまったら15分では済まないだろう。
それに寝てもおそらく同じ夢は義明の経験上見ないことはわかっていた。
「……ねみ」
高校2年の夏。夏休みはいって1週間が経過した。
夏休みに入ってから一日中プログラミングをしている。5歳のころにゲームをやり始め、その根幹にあるプログラミングに興味をもってから、父に頼み込んでパソコンを買ってもらい、プログラミングに触れるようになった。
わずか10歳ながらプロのセミナーにも積極的に参加。お小遣いをためてはプログラミングの本を買いあさり、12歳のなるとゲームを一人で開発し、数々のコンテストに入賞、経済誌などにもインタビュー記事が載ったりするなど、一躍有名となり、ついには天才プログラマーなんて呼ばれるまでもなった。
中学生になると企業から開発の依頼なども受けるようになり、この年齢にしてはそこそこの金持ちとなった。
高校に上がった今は、企業からの仕事の依頼はストップし、長年の夢であった自分独自のプログラミング言語を開発するため、日夜作業をしている。
そんなプログラム大好き義明にとって、一日中プログラミングすることは幸せなことであった……が、三日連続の徹夜は流石に身体に応えたようであり、書きかけのプログラミングを見ると最後の方は間違いだらけだった。
「んんんんっ……ばああああ……」
身体を伸び切るところまで伸ばし、一気に息をはいて力を抜く。
このまま進めて効率が悪い。そう思った義明は一息入れようと考えた途端に、大好きなコーヒーが飲みたくなった。
「……コーヒー……飲むかぁぁぁ」
まるで自分自信に言い聞かせるかのようにぼやきながら、義明は重い体を引きずりドアを開けた。
部屋を出ると廊下の小さい窓から外の薄っすらとした光が差し込み、うっすら青い。どうやらまだ誰も起きていないのだろう、かなり静かで、チュンチュンと外から雀の鳴き声がよく聞こえる。
義明は大きな音を立てないように、慎重に廊下と階段を渡っていった。
リビングにつくと、案の定だれも起きた形跡がない。
コーヒー豆専用棚から豆をとりだし、手動のコーヒーミルで豆を挽く。すると、コーヒーミルからほのかな香りがただよってきた。
「ん〜……いい香りだぁ」
このコーヒー豆は祖母がわざわざ海外から取り寄せたコーヒーだ。コーヒーを淹れてあともしばらく経っても香りは消えず、また上手に淹れることで味も損なわれず、美味しい味を長く楽しむことができる。
挽いた豆をペーパーフィルターに入れ、お湯を注ぐ。その際に義明は少し集中する。
古谷家のうまいコーヒーの淹れる秘訣はこのお湯の注ぎ方が一番重要であり、義明もこの注ぎ方を習得するのに苦労した。
「完璧ッ」
注ぎ終わりあとはじっくりと旨味を凝縮したコーヒーがサーバーに抽出されるのを待つだけ。
ポタポタポタと抽出される音が静かなリビングに響き、心地が良よく、また挽いたときは違うまろやかな香りが漂う。この時が、義明が一番リラックスできる時間帯だった。
お湯を注いでから数分で、抽出が終わり、コーヒーを義明専用のマグカップに注ぎ、口に含む。
「ふう……うっまいなあ。さすがオレ」
言葉と共に疲れが外に押し出されるようだった。
コーヒーの苦味が眠気を覚ましていき、だんだんと頭が冴えてきた。
(にしても……あの夢はなかなか幻想的だったなぁ)
改めて見ていた夢を思い出す。義明があのような夢を見るのは初めてかもしれない。
そもそも義明は夢をあまりみないため、今回の夢はかなり新鮮であった。
「……腹減ってきた」
脳が冴えてきたと同時に、腹の虫も眠気から冷め、やかましく音を上げ始めた。
そういえば、夕飯を食べて8時間以上は経過する。
「なんかないかな……ん? このシュークリーム誰のだ?」
冷蔵庫を開けるとシュークリームが1個、目立つところにおいてあった。
袋には「プレミアム」といロゴと、ちょっと高級感があるデザインとなっている。しかし、よくよく見るとコンビニのマークが小さくプリントされていた。
「へぇ、あのコンビニこういうの出してのか……。
誰のだ?……朱菜の? 母さん? 父さん……は甘いの嫌い……じゃ、ばあちゃん? いや、ないな」
義明は数秒シュークリームを手に取り眺めていた。
「いいや、食べちゃお」
義明はウキウキしながら、袋を開け、口に頬張る。
「ん! うんまっ」
義明は想像以上の味に驚く。
一口噛むとクリームが口から溢れるほど詰まっており、口の中いっぱいにクリームが広がった。
プレミアムと豪語しているだけはあり、この間母が都内のデパートで買ってきたシュークリームと遜色ない味であった。
「うん、いいね。合う合う」
一口、二口、そしてコーヒー。
シュークリームはあっという間に食べてしまった。
コーヒーも飲み終わり、頭もだいぶスッキリしてきた。
義明はシュークリームの袋を丸めて、部屋の隅に置いてあるゴミ箱めがけて投げる。袋はゴミ箱の縁に弾かれる。
「……はぁ……」
義明は面倒臭いと感じながら、外した袋を入れようと立ち上がった。
すると、廊下から足音が聞こえてきた。
「いい匂いがすると思ったら、義明、いいものを飲んでるじゃないか。あたしにもおくれ」
「ん、ばあちゃん。あれ? もしかして起こしちゃった?」
「年寄りは朝が早いんだよ」
祖母のフレンダがコーヒーの香りにつられ、リビングにやってきた。
古谷フレンダ。旧姓はシュットガルト。義明の祖母である。名字からしておそらくドイツ人。というのも、どの国か聞くと「たぶん、ドイツ」というすごく曖昧なことをいうので、よくわかっていない。
今年で82歳になるフレンダは年齢に反して、ものすごく若くみえる。肌のつやや、姿勢、プロポーション。どれをとっても82歳に見えず、一体何回整形をくり返したのだろうと思いたくなる。……本人は整形など一度もやったことないというが、整形なしでここまで美を保てるものだろうか。名字といい、若さといい、祖母フレンダは古谷家の謎である。
趣味はツーリングという82歳にそぐわない。この間もハーレーに乗って埼玉から京都まで行ってきたらしい。
義明はマグカップをもう一つ用意し、コーヒーを注ぎ、祖母に出した。
「やっぱりうまいねぇ、義明の煎れるコーヒーは。
この間行った京都で飲んだコーヒーもうまかったけど、義明のにはかなわないねぇ」
「へへ、サンキューばあちゃん。
ま、ばあちゃんが買ってくれる豆がいいからっていうのもあるんだけどね」
本場南米から直送してるくらいだ。
この間はわざわざ南米に行って、自分で味を確かめに行ったほどであり、コーヒーの輸入会社でも立ち上げるのかと家族全員で思った。
「いくら豆が良くたって、煎れる人間が下手くそだったらここまでうまくならんだろうよ。
このあたしが言うんだ、もっと誇りに思いな。あ、おかわりもらえるかい?」
「へへ、あいよ」
「んー、甘いものがほしくなるねえ。
あ、そうだそうだ」
フレンダは何か思い出したのか立ち上がり、冷蔵庫の前にきた。
冷蔵庫を開け、ガサガサと冷蔵庫の中を漁る。義明はどきりとした。
「……なに探してるの?」
「いやね、朱菜にもらったシュークリームがあったんだけどね。見当たらないんだよ」
「えっ」
「義明、あんた知らないかい?」
「シュークリームってコンビニの?」
「そうそう、コンビニの。
……おかしいねぇ。確かここにおいたはずなんだけど」
義明はまずいと思った。まさか一番無いと思ってた祖母が先程食べたシュークリームの所有者だとは思わなかった。
義明の背中に嫌な汗が流れる。このあとなんと言い訳しようか必死に考えていた。
知らないと言い切るか、逃げるように立ち去るか。……いやそんなことをしたらあとが怖い。祖母は基本的に怒ることはなく、優しい人だが、一度怒るととてつもなく怖い。ここは素直に食べてしまったことを告白したほうがいい。それも祖母に問い詰められる前に言わなければ。
「義明……この袋はなんだい?」
祖母は先程義明が投げた袋を見つける。
「え!? え、えっと」
「まさか……食べたのかい。自分の物じゃないのに食べたのかい?」
「……は、はい」
「はぁ」
祖母は深い溜め息を吐いた。
「ご、ごめんなさい、ばあちゃん。ばあちゃんのだと知らなくて……」
「義明……なにそんなに怯えてるんだい? 確かに勝手に食べことは行けないが、コンビニのシュークリームくらいで怒ったりしないわさ」
「えっ」
その一言で義明はほっとし、気が緩む。
「うん、ホントごめん。いや、コンビニのだから後で勝ってくればいいかなって思って……」
「……ふーん」
祖母は深く2回ほどうなずく。
その行動をみた義明は、違和感を覚える。
「そうかい、ならお湯が沸騰する前に買ってきてもらおうかね」
「え? い、いま?」
「当たり前だろ。おまえ、どうせ後で買えばいいやって思ったんだろ? それじゃ食べたんだから今買ってこないきゃいけないね」
「えっと……今は……おれ、徹夜明けだし……これから作業再開しようと」
「義明……つべこべ言わず、早く買ってきな」
笑ってはいるが、義明の目には怒っているようにしか見えない祖母の姿があった。
こうなってしまったいくらなんと言おうと、祖母を説得させるなど不可能に近い。
「は……はい、いってきます」

財布と軽い上衣を羽織って限界に向かい、そしてドアを開けた瞬間、日差しが義明の目を刺激する。
「ううう、まぶし……」
徹夜明けの義明にとってこの日差しは堪える、眉をゆがませる。
コンビニまで歩いて10分。普段なら気分転換で歩いて向かうが、今は祖母にいち早くシュークリームを届けないとあとが怖い。義明は愛用のクロスバイクにまたがり、ペダルを漕いだ。
自転車を漕ぐと朝の涼しい風が身体にあたり、さっきまでの憂鬱な気持ちが現れるようであった。
こんなに気持ちいなら早朝サイクリングをしてみよう、そう考えたときだった。
「ぶはっ!!」
自転車で走行中に、顔に何かあたり、義明は慌てて急停車する。
「なになになになに!」
義明は顔にあたったものを手で払う。
すると、手に何かあたり払った衝撃でその物体が地面に叩きつけられる音がした。
義明は音がした方に視線を向ける。
「ば、バッタ?」
視線の先には体長5cmくらいのトノサマバッタが地面に横たわっていた。
義明はバッタに近づき、指先で突っついてみたが、地面の衝撃が強かったのだろうか、トノサマバッタはピクリとも動かない。
「ああああ、もう……死んじゃったか……」
殺すつもりはなかったと、義明は心の中で懺悔した。
義明は虫は嫌いではなく、むしろ好きなほうであったため、やってしまったという後悔が押しよせた。
「……いや、でも。ビビるでしょ。顔にいきなりへばりつかれたらびびるっしょ。
うん、不可抗力。だから許してくれぇ」
それでも罪悪感があり、義明はせめてトノサマバッタの死骸を雑草が覆い茂っているところに置いた。

コンビニでシュークリームを無事に購入することができ、家に帰宅する。
「ただいまぁ」
「あ、お兄ちゃんおかえり」
玄関のドアを開けると、妹の朱菜が靴のひもを結んでいた。
「どっか行くのか?」
「うん、龍之介とあゆみちゃんと虫取り」
「虫取りって……」
仮にも来年中学になる女の子が虫取りとは……と心の中でぼやく。
ほかにいろいろ題材はあっただろう。
朱菜は兄から見てもかなりの美少女だ。祖母の血をしっかり受け継いでおり、日本人のいいところは残ししつつ、それでいて日本人で足りないものを祖母の西洋のいいところで補っている。つまり完璧美少女だ。
そんな美少女が虫取りあみをもっているのはなんとも違和感がある。
幼馴染の龍之介はともかく、女の子のあゆみちゃんは絶対に朱菜に無理やり強制参加させられたに違いない。
「ちょっと……なにその目。子供っぽいって思ってるでしょ。
言っておくけど、この自由研究は結構大掛かりなの」
「へー」
「……ほら最近バッタが世界中で大繁殖してるじゃない? 日本でもひどいところでは農作物が食い荒らされてるって」
「え? そうなん?」
「ちょっとニュースぐらいみなよ。
それでこの自然豊かな辰沼自然公園ではどのくらい影響しているのか、生態系は崩れてないのか、どのくらいバッタが増えてるのか。罠を張ったり、実際につかまえて見たり、草木の減少具合をみてる。
だから、お兄ちゃんが昔やった『辰沼自然公園にいる生物』とかいうただ生き物を捕まえて写真を貼っつけるような安っぽいものじゃないの。
あと、勝手におばあちゃんのシュークリームを食べない!
せっかくおばあちゃんのために買ってきたのに! もう! あとでちゃんと謝って! 私に!」
そう言って、朱菜は玄関を出ていった。
いいたことを言うと朱菜は相手の話を聞かず、満足して話を終えてしまう。それでよく学校でガキ大将的な存在と口論しているらしい。朱菜の全勝とのこと。
義明は靴を脱ぎ、祖母がいるであろうリビングに向かう。
「ばあちゃん、いるー?」
リビングのドアを開けながら声をかける。
「あれ……いない。ん?」
義明はテーブルにおいてあるメモ用紙を手に取る。
それを見た義明は眉を歪ませる。
「……食べるっていうてたやん」
そのメモには祖母が残したメモであり、「ひとっ走り行ってくる、例のぶつは冷蔵庫へ」と書かれてあった。
「……はぁ」
流石に文句を言ってやろうと思い、携帯をとりだすも、今頃バイクで颯爽と道路を走っていて姿が脳裏に浮かび、そっと携帯をしまう。
「……はぁ……ふあああああ」
義明は深い溜息と大きいあくびをして、自室に向かう。
部屋に戻ると、急激に眠気が襲ってきたのだった。