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Code;Witch 14話

14



視力検査、聴力検査、身長、体重、座高、握力検査、体力検査、血液検査、肺活量検査……そして魔力検査。
暴走するアベルトに引きずられ、検査室ならぬ部屋に連れて行かれた義明は、魔力検査以外、とくに『これぞ異世界』と思うような、検査はなかった。
といっても魔力検査も水晶みたいな石に手を当てて終わっただけなので、検査事態はとくに特別なものはなかった。まさか、異世界で20mシャトルランをやるとは思わなかった。20m間をドレミファソラシドがなる間に20mを走り、回数を上げるごとにテンポのスピードが上がっていく体力検査である。
こちらではドレミファではなく、『パン、ピン、プン、ペン、ポン、ポン、ポン、ボン!』の音であったが、それ以外はなんらかわりのない正真正銘の20mシャトルランであった。このときはアリ―とマチルダも一緒に行った。そのときの二人の格好は、普段のローブ姿ではなく、身体のラインがハッキリ見えるなんとも動きやすそうで、かつ男子にとっては目のやり場がこまる格好であった。
結果は義明、97回。高校生としてはまずまずの結果だと思うのだが、この世界では日本での常識はまたしても通用しなかった。
アリ―、549回。マチルダ、555回。二人はとんでない結果を叩き出したのだった。それでいてまだかなり余裕のある様子であった。ちなみに義明の世界の世界記録は375回なのだから、この二人の凄まじさが伺える。
終わったあと二人に笑われるかと思ったが、笑うどころか義明を心配した。97回は二人にとってみれば、あり得ない数字であったらしく、義明がどこか体調が悪いのかと、まさか瘴気の影響と心配そうな表情をしながら言い出した。義明は二人に理解させるのに20分くらい時間を要したのだった。

「お疲れ様、ヨシアキ。これで全部の検査は終わりよ」
最後の肺活量検査を終え、長かった検査が終わる。
「ふー、おつかれぇぇぇ。はぁー」
「ふふ、流石に疲れちゃったかしら」
「そりゃ今日は走ったからね……普段あんなに走らないから」
それなのにアリ―にいいところを見せようと、すこし無理をして頑張ってシャトルランをやったのに、いいところを見せるどころか逆に不甲斐ないところを見せつけてしまった。
世界記録を軽く超えちゃうのだから仕方ないといえば、仕方ないが……。
「な、なぁヨシアキ……お前の世界の人間たちは皆このような数値なのか?」
「え……」
「とくに握力とか体力とか、肺活量とか……。どれも子供以下の数値だぞ?」
「こ、子供以下!?」
まさか子供以下の数値とは思わず、つい声を上げてしまった。
「でも、どの検査も異常に低い以外はどれも正常ですね。とくに異常は見られないですね。ヨシアキ様は普通の人間ですね」
「ああ、普通の人間だな」
「普通の人間ね」

「と! いうことはですよ? ヨシアキ様が普通ということは、やはりあの石以外に考えられません!
さー! ヨシアキ様の調査が終わりました!
今度は石の調査ですよ! 調査!」
「だから落ち着きなさい、アベルト。
ねー、ヨシアキ。あなたが持っていたこの石のネックレス。
調べさせてもいいかしら。
もちろん、壊したり、傷つけたりしないわ。調査が終わったらちゃんとあなたに返すわ。
だから、お願いします」
深々と頭を下げるアリ―。
「ちょ、アリ―! 顔上げてよ! そんな調べるくらいいいよ!」
「ホントっ!」
パッと顔上げるアリ―。
その顔はとてもうれしそうで目が輝いていた。
「うーーーー! ありがとうヨシアキ!」
「あ、アリ―!」
そしてバッとヨシアキに抱きつくアリ―と、それにより慌てるヨシアキ。
瞬く間に顔が真っ赤になり、今にも茹で上がりそうであった。
「ふふふ、アリ―。そのまま抱きついたままだと、ヨシアキが鼻血を出して倒れてしまいそうだぞ」
「え?」
抱きつきながらアリ―はヨシアキの顔を見て、慌てて身体を離した。
「ご、ごめんなさい。ヨシアキ、大丈夫」
「う、うん。だ、大丈夫」
その後、すぐさま調査したいと駄々こねるアベルトをアリ―とマチルダは落ちるカセ、ヨシアキの石は研究所の保管庫に厳重に一時的に保管される事となった。
調査は明日から。ヨシアキとアリ―は研究所を後にするのだった。
「ちなみにあの一つ目の化物ってなんなの?」
「ああ、あれはムルピーよ。といっても瘴気で異常な大きさになってるけどね」
「あれがムルピーなの!」

「はぁ……明日までお預けかぁ……」
ヨシアキが帰ったあと、今回の検査のデータを一人整理した。今日は衝撃的なことが多くあった。
自分の憧れの魔女フレンダの孫に会え、魔女フレンダが孫のために残した、フレンダしか作れない貴重な石。
シークレットコード。フレンダが扱えたとされる魔法、知識はどれも習得できたが、このシークレットコードだけはどんなに頑張っても習得できなかった。実の妹であるマチルダさえ、このコードを読み解くことができずいる。天才アリ―でさえも。
「せめてもっとじっくり見ておけばよかった……ん?」
「おい、見つけたか!」
「いや、いない……ちくっしょ、完全に見失ったなぁ」
何やら騒がしく、焦っている声が聴こえる。
声のする方へ顔を向けると学生2人が何かを探している様子でキョロキョロしてりしていた。
会話の内容からするに大方、実験に使うムルピーでも逃してしまったのだろう。
アベルトはよくあることだと思い、アベルトはそのまま通り過ぎようとしたときだった。
「あれ、絶対新種の虫だよな」
「あんな奇妙な虫、初めて見たぜ。きっと研究員に渡せば報奨金がもらえる。それだけじゃく、アリー所長に感謝なんてされたり……」
「ああ! それめっちゃ最高!
……でも、よく跳ねる虫だったな。全然追いつけなかったぜ」
「トラップ魔法に引っかかったと思ったんだけどなぁ……すり抜けるなんて……」
「お前のトラップが不完全だっただけだろ。たく、しっかり組み込んでればなぁ」
「だから、誤ったじゃん!」
「わーってるよ。とにかく、もう一度探そうぜ」
「……ああ、そうだな」
学生2人は、再度二手に分かれて探しにいった。
新種の虫。学生たちは興奮した様子であったが、こんなところにいるわけがない。
「どうせ、魔法薬とかで変異してしまった虫なんでしょー」
そんな虫にアリ―が喜んで感謝をするわけがない。きっと困ってしまうことだろう。
魔法で変異してしまった生物など、星の数ほどいる。いい例が今回ヨシアキを襲ったとされるムルピーだ。
通常であればネズミのように小さく、そしておとなしい動物なのだが、十の災厄が残した爪痕、瘴気によって想像もできない変異を遂げている。それが害獣として生態系を崩したり、人に被害をだしているのだ。
また、魔法実験の結果、異常変異をする個体も多くいる。
今回学生たちが見たとされる虫は、瘴気ではなく魔法によって変異したものだろう。生物が変異するほどの瘴気がこの研究所にあるなんて考えられない。もしあったりしたら大事だ。
「それにしても……トラップをすり抜ける虫かぁ……。
もしホントなら実験のやりがいのある虫ね」



Code;Witch 13話

13



重たい瞼をゆっくりあけ、徐々に義明の目に光が入ってくる。
寝起きなのに不思議と眠気なく、意識がはっきりしていた。そのため、身体のダルさと重さがしっかりと脳が意識し、全身に伝わってくる。インフルエンザが治ってすぐの状態みたいだった。指一本動かせる気力もない。
義明は自分の今の状況を想いでしていた。確か、でかい一つ目の化物と出くわして、食われそうになったところをアリ―が助けてくれて……それ以降、いくら思い出そうとしても、思い出せないということは、あの後気を失ったか……。それにしても、なんというタイミングでアリ―は助けてくれたのだろうか。今にも化物に食われそうなところを助けるなんて、まるで漫画のヒーローではないか。あまりにもベタすぎる展開だったから、このあとアリーとアベルトが「ドッキリでしたー!」なんていってきても、何も驚かない。むしろ安心する。でなければ、この世界は自分がいた世界と違って、“死”が近いということを肝に命じておかなければならない。今まで生きていて、本当に“死”というのを実感してことがない義明にとって、これほど未知で恐ろしいものはない。あの化物の一つ目が脳裏に浮かぶ。両脇がきゅっと締まり、肺が圧迫し、息苦しい。手にも力が入る。ダメだ、考えるな。義明は深く深呼吸をした。一回では足りない、二回、三回……十回目を過ぎたあたりでようやく落ち着いてきた。
落ち着いた義明は再び目を閉じようとしたときであった。すぐ近くで話し声が聞こえた。
違う声が2つ……いや3つ。1つはもうすでに聞き慣れた声、アリ―の声だ。残り2つは聞き覚えのある声。大人の女性の声と涙まじりの声だ。

「わだすは……わだすはなんてことを……」
「アベルト……いい加減泣きやまんか。
今回の件は明らかに想定外の事故だ。今後はこのようなことがないよう、しっかり対策を練ればよい。
……幸い、ヨシアキは無事だったのだからな」
アマンダはふぅっとため息を吐いた。
「でもぉぉぉ、でもぉぉぉぉ」
「お祖母様の言うとおりよ。そんなに自分を責めないで。
それに、不幸中の幸い……とでもいうのかしら……今回の件でヨシアキについてわかったことがあるもの」
(おれについて……わかったこと?)
アリ―の言葉を聞いた義明は、薄っすらとしか開いてなかった目を更に開き、なんとなく聞いていた会話を集中して聞くよう切り替えた。
「まさか十の災厄が残した邪素の中にいて気を失う程度とはな……。
魔力をまとっていない状態だと、一息吸っただけで呼吸困難に陥るというのに」
「ぐす……運良く瘴気が晴れてたんでしょうか……うううううう」
「いや、たとえ晴れていたとしても、魔力をまとっていないヨシアキは意識を保つことは無理だろう。本当にどうして生きていたのか……」
「うううううううう」
落ち着き始めたアベルトが再び泣きそうに唸る。
十の災厄が残した瘴気……もしかしてあの黒い霧のことだろうか。
だが、義明は黒い霧の中にいたし、その中で霧のことを調べようと匂いも嗅いだし、鼻から肺がいっぱいになるほど息を吸った。
アマンダが言うような呼吸困難などにはならなかった。
「それはきっとこれのおかげね」
アリ―は二人にうっすらいと赤い石のネックレスを見せた。
「石のネックレス?
……まさかその石がヨシアキを守ったと?」
「そのまさかですわ、お祖母様」
「で、でもその石からはそんな魔力は感じられ……」
「そうか……シークレット・コードか」
「えっ!?」
「はい、フレンダ様にしかかけない、魔術コード……シークレット・コードがこの石には刻まれています。
石全体に、髪の毛一本も入る隙間もないほどに」
石……石とはあの石のことだろうか。
祖母フレンダがプリン事件の後に置き手紙と一緒においてくれた、ほんのり赤い石。せっかく作ってくれたと思い、もらってからずっとつけていた。
まさかそれが自分の命を救うことになるとは、思ってもみなかった。
「……なるほど。95%フレンダの孫だと思っていたが、これで100%フレンダの孫ということがはっきりしたな。
そんな芸当ができるのは、フレンダしか……姉さんしかいない」
「すごい……これ、博物館ものですよ!
永久保存ですよ! 永久保存!」
アベルトの声から涙は消え、驚きと興奮が入り混じっていた。
「もしかすると、ヨシアキがこの世界に来た原因というのは、その石のせいかもしれんな」
「あ、そうか、そうですよ、アリ―所長!
フレンダ様のシークレット・コードが刻まれた石なら世界を突き破る力が備わっていてもおかしくはありません!
その石をもっと詳しく解析すれば、きっと次元魔法は完成しますよ!」
「……うーん」
「ど、どうしたんですか、アリ―所長?」
「いえ、確かにその可能性はなくもないのだけれど……
私はそこまでの力は無いように思えるの。
もっと別の……もっと大きい力……」
「で、でもあのフレンダ様が書いたシークレットコードが刻まれた石ですよ!
これ以上に力のあるものなんてないですよ!
魔力のないヨシアキ様自らが引き金となったとは思えませんし……その石で間違いないですよ!」
「ちょ、ちょっとアベルト、落ち着いて。
結論を急ぎすぎよ。なんにしても、とにかく調査をしないと。
それにこれはヨシアキのだから、ちゃんとヨシアキに許可をとらないと。
それに石よりまず、ヨシアキを調査しないと」
「なら早くヨシアキ様を調査して、かつ石の調査の許可をとって、徹底的に調べましょ! そしていち早く魔法を完成させて異世界へ行きましょう!」
「いや、異世界に行くことが目的の魔法では……ってアベルト!
まだヨシアキは寝て……」
アベルトはアリ―の静止を聞かず、義明が眠るベッドの方へズカズカとすすんでいき、勢いよくカーテンを開けるのであった。
「ヨシアキさまぁぁぁ!
さー! 調査が始まりますよぉぉ!」
「ちょっとアベルト!」
「……あいつさっきまで顔くしゃくしゃにして泣いておらんかったか?」



Code;Witch 12話

12



「えっと……ここどこ?」
気がつくとそこは先程と違う場所が、義明の目の前に広がっていた。
霧のような、だがそれは普段義明が知る白い霧でわなく、黒いモヤがあたりを覆っていた。1m先もまともに見れやしない。
義明はここに来る前のことを整理していた。
「えっと……光の中に入って、石柱にかかれている文字を読んでいたら、急に光だしたんだっけ?」
一緒にいたアベルトは作動しない、とかなんとか言っていたけど。何かの誤作動で発動してしまったのだろう。
でも一体何が原因なのか。
「それにしても、あの文字……」
石柱にかかれていた文字。魔術コード。確かに義明には何が書いてあるのかわからなかった。アルファベットでもなく、ましてや日本語でもない文字で書かれていた。読めるわけがない。
でも、なんとなくではあるが、あの文字が“どんな仕組みなのか”ということは、理解することができてしまった。
「いや、勘違いかもしれない。
もう一度あの文字を見ればわかると思うんだけど……」
もう一度周辺を見渡すも、見えるのは黒い霧。スペルディアの幻想的な世界とはまったくかけ離れたところだ。
(まさか、また別の世界にとばされたってことないよね……いやいや、確か転移先は指定しないと行けなかったはず……)
義明は不意に心細さを感じ始める。
「と、とにかく、戻ろう!……え! 光がなくなってる!」
アベルトの話では転送先に同じものがあり、それで行き来するという話だったはず。義明は膝をつき、地面を確認する。確かにちゃんと研究所と同じ魔法陣がそこにあった。だが、書かれているだけで光を発していない。
義明に焦りが出始める。
「そ、そだ! 文字!」
先程は魔術コードを見ている最中に起動したのだ。同じことをすればまた光が発するかもしれない。
だが、義明は立ち上がり石柱を探すが、見当たらなかった。
「おいおいおい、マジかよ……」

「ああああ! なんで! なんで動いちゃったの!
ありえないんですけど!」
ヨシアキが別の場所に飛ばされた後、アベルトは転移光陣を弄って原因を探っていた。
「なんで! なんで動かないの!
ああああ! どうしよ!」
すぐさま後を追おうとしたが、転移光陣を起動させようとしたのだが、一向に作動する気配がない。
アベルトの顔がみるみるうちに青くなり、頬から大量の冷や汗が流れていた。
「しかもよりによってここの光陣が動くなんて……」
「あら? アベルト、そこで何をしているの?」
「あわう!!」
うんともすんとも言わない装置の前で、あたふたしていると、よく聞くアリ―の声が聞こえた。
声をかけられたアベルトは、両肩がクイッと上がり身体が硬直する。おそるおそる振り返ると案の定アリ―がいる。それだけではない、なんとこの国のトップのアマンダもいるではないか。
「あ、アリ―様……アマンダ様」
「ちょっとアベルト、研究所内では“様”じゃなくて“所長”って言ってるでしょ」
「なぁ、アリ―、前々から思ってたのだが、別にどっちでもよくないか?」
「まぁ! よくないわ、お祖母様! “様”で呼ばれるのと、“所長”と呼ばれるのでは、気持ちの入り方が全然違うのですもの!
だから、お祖母様もここではちゃんとアリー“所長”と呼んでくださいね! 例外は認めません!」
「あぁ、わかったわかった」
アマンダは面倒くさそうに、アリ―の肩をポンポンと叩き、アリ―の暴走をおさめる。
二人が軽い言い合いをしているなか、その二人のやり取りなどアベルトの耳に入ってこない。とにかく今の起きている状況を早く報告しなければならない。
だが、早く説明しなきゃいけないと思えば思うほど、心が動転してしまってなかなか声がでないでいた。
「アベルトも、今度から気をつけ……どうしたの、アベルト。汗びっしょりよ?
もしかして体調でも悪いの?」
「確かに……顔色も悪いな。大丈夫か?」
アベルトは無言で首を縦にふる。それを見た二人は「そう?」ととりあえず納得した。言うなら今しかない。アベルトは意を決して報告しようとした。
「あ、あの……あのですね……」
「そういえば、ヨシアキは? 一緒じゃないの?」
アベルトの身体が再び硬直する。
「トイレではないか? それかお前の部屋で一人さびしく待っているのか。
可愛いそうに……何もわからない場所で一人放置されて、さぞ心細かろうに……」
「お、お祖母様! そんな言い方しないでください! 私はアベルトが任せろというので、それで」
「ふ、わかっている。からかっているだけだ」
「もう! お祖母様!」
「ふふふ、してアベルトよ。ヨシアキはどこにいるのだ? 私も是非ヨシアキに逢いたいのだ。
今日は時間が作れてな。食事でもしながらゆっくり話を聞こうと思ってなって……おい、どうしてそんなに今にも泣きそうな顔をするのだ! ほんとに大丈夫か!」
「ヨシアキ様が……ヨシアキさまがぁぁぁぁぁ」
「よ、ヨシアキがどうしたのか?」
アベルトは泣きながら転移光陣の方を指さす。
「……まさか他の場所に転移してしまったのか。まぁヨシアキはフレンダの孫だ。極小だとは思うが、魔力は持っているだろう。作動してしまっても仕方あるまい。
だが、そんな絶望的な顔をすることもなかろう。確かに、むやみに装置を触らしたのは失態だが、すぐに同じ転移光陣に乗って追いかければいいのだから。なぁ、アリ―。
……アリ―?」
アマンダが呼びかけるも反応がない。アリ―は転移光陣をじーっと見つめたまま、そしてどんどん不安そうな表情になっていく。
何かと思い、アリ―がみる方アマンダも視線をやる。その先にはひとつだけ光を発していないものがあった。
確かあそこの転移先は……と、記憶を蘇らせていくと今度はアマンダもみるみるうちに眉を中心に寄せ、不安そうな表情となった。
まさか、そんなことが……もしそうならこんなことをしている暇ないのだ。
だが、なんにしてもまずは確認しないと。一部始終を見ていたであろうアベルトに確認せねば。
「ねぇ……アベルト……。
ヨシアキが起動してしまった転移光陣って……」
予想と違う答えをくれと、心の中で祈る。
アベルトは鼻をすすり、嗚咽混じりの声で答えた。
「えぐ……えぐ…………禁止……区域E……ちてん……の……です……えぐ……えぐ」
それを聞いたアリ―とアマンダは、一気に血の気が引いたのだった。

義明はじーっとその場で立ち尽くしていた。正確にはせわしなく足踏みをしたり、屈伸をしたり、しゃがんだりしている。さっきから落ち着かないのだ。この黒い霧のせいで下手に動くこともできない。スマフォがあれば、そんなことは無いのだが……。なくなって初めてありがたみがわかるとは、まさにこのことだと、心のなかでブツブツとつぶやく。
「せめてこの薄気味悪い霧が晴れてくれれば……」
無意識に口に心の声が外に漏れる。
そもそもこれは黒いモヤは霧なのか、非常に気になるところだ。
実は得体の知れない、人体に影響がでるガスなんじゃなかろうか。無臭だが、ここは異世界。自分のいた世界の常識と一緒にしてしまっては、いずれ取り返しのつかないことになりかねない。
「霧よぉ〜晴れろ〜霧よぉ〜晴れろぉ〜……ほいっ!」
義明のイメージする魔法発動をやってみる。だが当然、なにか起こるわけもなく、やりおったあとに、「なにやってんだろ」と虚しい気持ちになった。
ふーっとため息を吐いたときだった。なんと霧がだんだんと嘘のように晴れ始める。こんな偶然があるのだろうか。
霧が晴れていくに連れ、義明のさきほどまでの不安で退屈な気持ちが晴れていく。
そして晴れていくにつれ、前方に赤っぽい光が見え始める。もしかすると民家の明かりかも知れない。光の大きさからして、ここからそこまで離れていないだろう。霧が晴れたらそこまで行ってみよう。スペルディアは世界屈指の魔法大国と、アリ―が言っていた。たとえ、ど田舎の国でも知らいない人はいないはず。自分が何処にいるのかきっと分かるはずだ。
「よっしゃ! 霧がはれ……え?」
霧が完全にあたりがより鮮明に見えるようになり、赤い光がある方へ向かおうと足を踏み入れたときだった。
先程から見えていた赤い光。霧が晴れたことにより、その光の正体がわかった。
その光は民家ではなかった。街頭とかそういうものでもなかった。
“グルルルルルルルルルルル”
その正体は、目が一つしかない大きな獣だった。人の顔くらいある大きな一つ目が赤く光っている。あの光はこの目から発されたものだった。
大きな一つ目がじっと義明のことを見つめている。ただ見ているのではない。姿勢を低くし、飛びかかる体勢、狩りの体勢であった。
「……」
蛇に睨まれた蛙。義明は悲鳴も挙げられなかった。だが、それが正解だった。
この一つ目の獣はまだ、義明が獲物だと完全には把握していなかった。きっとあの黒い霧のせいでしっかり義明を認識することができなかったのだろう。それを証拠に、義明を見つめたままそれ以降動こうとしない。
義明の頭の中でどんなことをすべきなのか、必死に考えた。
この獣は自分を食べようとしている。それは間違いない。じゃーどうする。
獣が目を話したときを狙って一気に逃げるか。いや、とてもじゃないが逃げ切れる自信がない。人間なんて走ったところで頑張ってもせいぜい40〜50キロぐらいしかでないのだ。インドアな義明がそんな速度でずっと走りつづけられるわけがない。
そうこう考えているうちに痺れをきらしたのか、一つ目の獣が、義明のほうへゆっくりと向かってくる。そして義明の匂いをクンクンと嗅ぎ始める。これにはたまらず義明は尻もちをついてしまった。
尻もちをついた義明を獣はじっと見つめ、そしてにやーっと口を左右にひろげさせた。
“あ、やっぱり餌だったんだ”とでも言ってそうだった。口からはギザギザとした歯が見える。まるでノコギリの歯のように、隙間なくぎっしりと歯が敷き詰められていた。
(あ、死ぬ……)
獣の歯を見て義明は悟った。あの大きな口に今から入れられて、そのあと骨ごとボリボリと食われちまうんだ。
(まだ、まだやりたいことたくさんあるのに……)
製作途中のオリジナルプログラミング言語『Witch』を完成させたいし、彼女つくっていい感じな青春も送りたいし、ほしい高スペックなパソコンを無駄に買い揃えたいし、犬も飼いたいし、車も乗ってみたいし、世界一周してみたいし。
ああ、もうダメだ。

「ヨシアキ!!」
自分の名が聞こえる、その声がする上空を見上げる。
(ああああああああああああ! アリ―—————!!!)
叫びたかったが声がでない。代わりに目からドバっと涙が溢れ出てきた。
アリ―は箒にのり、こちらに猛スピードへ突っ込んでくる。
獣もアリ―に気づき、アリ―の方を見ると、とたんに、喉から太いドロっとした唸り声をアリ―に向かって放っている。
アリ―のことを獲物ではなく、敵として認識しているのだ。先程ニヤッと緩んでいた口が、キュッと引き締められていた。
「ヨシアキ! そこから離れて!」
アリ―の指示に、義明はすぐさま這うようにその場から離れた。獣は義明に目もくれず、ずっとアリ―の方をみて、警戒している。
義明が離れると同時に、アリーは両手を合わせる。
すると、アリ―の手が赤く光はじめ、そして両手には真っ赤に燃え上がる炎が出現した。
がぁあああああああああ!
炎みた獣は吠える。そしてすぐさま上空にいるアリ―に向かってジャンプした。
獣の爪がアリ―に当たろうとしたそのとき。

「———フレアクラッシュ!」

アリ―の両手あった炎を獣に向かって放ち、そしてドーンと大きい音を立てて爆発した。
爆炎を食らった獣は背中から地面に落下し、そして動かなくなった。
「……すげー」
「ヨシアキ! 大丈夫!? 怪我とかしてない!?」
アリ―が箒から降り、義明の身体を包み込むように出し決めた。
アリ―の声と抱きしめられたぬくもりで義明の身体全体を支配していた恐怖が徐々に消えていき、本当に助かったんだと、安心だと頭のなかで整理始めた。
「死ぬかと思った……」
そして義明は糸が切れた人形のように気絶した。
 



Code;Witch 11話

11



「それで……そちらの方が、あの有名なフレンダ様のお孫さんだと?」
「そうよ! 異世界からやってきたフレンダ様のお孫さん! 私の親戚でもあるわね!」
「……ほんとですかぁ?」
品定めをするように、分厚い眼鏡越しでじっとりと眺める。
この女性の名はベアルト。アリ―の4つ下の魔女で、この研究所の職員。
流れるようにアリ―の研究室に入り、何やら準備していたところに、現れたこの女性。アリ―と同じ三角のとんがり帽子をかぶり、黒のローブをまとっている。服装からしてアリ―と同じ魔女なのだろう。
部屋に入り、義明を見つけるや手に持っていた大量の書類を落とし、床にばらまいた。
それからアリ―に質問攻め。
なぜここにいるのか、どんな関係だ、こいつは何者だ……。
アリ―がなんとか落ち着かせようと必死になるが、それでもなかなか暴走が止まらず、痺れをきらしたアリーは、彼女の腹に一撃を御見舞させ、ようやく止まったのだった。

「にわかに信じ難いですね……。フレンダ様のお孫さんというのもそうですが、その異世界っていうのも信じられないです。ましてや魔力も魔法ない世界なんて……どうやって生きていくんですか」
「ヨシアキの世界では代わりに『科学の力』という不思議な力……いえ、技術と言ったほうがいいのかしら、それが生きるための力らしいわ」
「はぁ……カガク……ですか」
難しい顔をしながらベアルトは首をかしげる。
「まぁ、どっちにしろ、調査とか必要そうですので、今は考えないようにしときます」
半ば諦めた顔をし、深い溜息を吐いた。
「とにかく、この研究が完成すれば、きっと答えがあるはずよ!
ところで、ベアルトは何か用事があってここに来たのではないの?」
「あ、そうでした! 所長! 講義の時間とっくに過ぎてますよ!」
「あれ! ……講義って今日だっけ?」
「そうですよ! みんな所長の講義を楽しみにしてるんですから、早く向かってください!」
「ん〜……でもヨシアキがいるし……一人にしておくには……」
「彼はワタシが対応しておきますので、所長は早くいってください!
さぁ、さぁ、さぁ!」
「わ、わかったから、押さないでベアルト」
アリ―の背中をグイグイ押し、講義に向かわせようとするベアルト。
今度はアリ―が諦めたような顔をし、義明の方をみる。
「よ、ヨシアキ、そういうことだから、すこし待ってて。60分から80分程度で戻ってくるから……それじゃね」

アリ―が部屋から出ていき、ベアルトと二人っきりとなった義明は、居心地の悪さを感じていた。
一分の沈黙が妙に長く、何か話さなければならないのか。そんなプレッシャーを感じる。
「……ヨシアキ……さんでしたよね?」
ねっとりした感じで義明の名が呼ばれる。
心の準備ができていなかった義明の肩がビクッと上がる。
「え、は、はい」
「さきほど、アリ―様……アリ―所長が言っていたことは本当なのでしょうか? あなたが異世界から来た人間で、それでいてあの英雄フレンダ様のお孫さん……ということも……」
言葉に棘を感じる。分厚い眼鏡の中の眼光がするどい。
「……異世界から来たっていうのは、正直、俺もあまり信じられないんだけど……でも、たしかに俺の世界には魔法なんかないのは確かで……。
あと、俺の婆ちゃんも、フレンダって名前で……」
「あなたのお祖母様のフルネームは?」
「えっと、古谷フレンダっていうけど……あ、でも結婚する前はフレンダ・シュットガルトだったはず」
「シュットガルト……」
「こ、ここの世界のフレンダと俺の婆ちゃんのフレンダが同一人物っていうのは、俺もまだ実感わかないっていうか……でも、アマンダさんも言ってたし、貰った写真も婆ちゃんそっくりだったから……えっと……その……あの……」
じーっと義明を見つめられ、言葉だんだんとか細くなる。まるで悪い子供が言い訳しているような気分だった。
「……」
ベアルトは無言のまま、義明のところまでゆっくり歩いてくる。
そして、義明の目の前で一枚の紙を差し出した。
「わ、わたし、フレンダ様の大ファンなんです! 是非お孫様であるヨシアキ様のサインをください!」

アリ―が講義に向かう途中、道行く先で「あの男はだれだ」と問いかけられた。いちいち止まって説明している時間はない。アリーの講義を楽しみにしている、研究生が待っている。それなのに、もう二十分も遅れてしまっている。普段ならこんなことありえないのだが、ヨシアキのことで少し我を忘れてしまっていたようだ。
ヨシアキと出会ってから、妙にヨシアキのことが気になってしかたがない。
異世界の人間だからとか、自分の親戚だからとか、おそらくそういうものではないのだろう。なぜ気になるのかは、今のアリーにはわからなかった。
もやもやするなか、アリ―の歩くスピードがどんどん早くなっていく。魔法を使えば一瞬でつくのだが、施設内での魔法使用は固く禁じられている。
確かにヨシアキのことは一人にしていくのは心配だった。アリ―とは仲良くなってきたとは言え、まだこの世界のことは知らないことだらけ。心細くなることだろう。
「でも、ベアルトがいるから大丈夫か……」
ふと、あの場にいた魔女ベアルトが脳裏に浮かぶ。
ベアルトは信頼できる魔女の一人で、3年前にアリ―の研究チームに見事合格した秀才。人柄もよく、心優しき魔女だ。
そして、英雄フレンダの大ファンでもあり、フレンダが残した数々の功績に憧れを抱いている。
だが、ベアルトはただそこら辺にいるミーハーなファンとは違う。
フレンダが開発した魔法は内部まですべて理解し、今までフレンダの妹アマンダや天才のアリ―以外誰も使えなかったが、彼女は身内以外で使用できる唯一の魔女だ。
だから、きっと孫であるヨシアキのことを悪くしようとは思わないはず。それよりも、サインとかもらってテンションがハイになっていることだろう。
彼女がいれば、きっとヨシアキを的確にフォローしてくれる。アリ―の気持ちがだんだんと軽くなっていった。
「みんな、おまたせ! 遅れてごめんなさいね」
ガラッと講義室の扉を開ける。
「ちょっと、どうしても手が外せないことがあって、それで……」
「ヨシアキのことについてか?」
「そう! そうなのよ! よく知って……え?」
聞き覚えのある声に、だが、この場にいるのはおかしい人物の声が聞こえ戸惑う。
「遅れて現れるとはいいご身分だな、アリ―」
「お、お、おばあちゃん!」
声の方に目をやると、そこにはこの国のトップが両肘をつき、顔をニヤつかせていた。

「まさかフレンダ様のお孫様にお会いできる日がくるなんて……それだけでもすっごく嬉しいのに、まさかフレンダ様がご存命だなんて……わたし……ここに入って本当に良かった……。
お孫様がここにこれたってことは、いつかフレンダ様にお会いできる日がくるということですよね!」
「え、ええ。そうかもしれませんね」
あれからベアルトは興奮が続いていた。今は、義明を研究所内の案内しているのだが、さっきからベアルとのスキップが止まらない。
「お孫様のヨシアキ様は、フレンダ様と目の辺りが似ていらっしゃいますね」
「え、うん。そうかな……というか、そのお孫様っていうのなんか嫌なんだけど……」
「なんと! ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません、ヨシアキ様!」
「……できたらその様っていうのもやめてほしいんだけど……」
「それはだめです。世界の大英雄フレンダ様のお孫様を様付けでお呼びしないで、どうするんですか! 天罰がくだってしまいます!」
ああ、この子も好きなことになると熱中してめんどくさくなる子だ。
これ以上何をいっても無駄だろう。
義明はあきらめ、施設の周辺を眺める。すると、気になるものを見つける。
「あの……ベアルトさん」
「はい! なんでございましょうか!」
「あの光の柱みたいなのは何ですか?」
「ん? ああ、あれはですね」
ベアルトは足をとめ、光の柱のところまで歩く。
「これは転移光陣です。
その光に入って呪文を唱えるか、側にある石柱の魔術コードを起動させると、指定されている場所へ転移できます」
「転移? 移動できるってこと?」
「はい! 転移先に光陣があれば、どん遠いとこれでも一瞬で移動できます。
これはフレンダ様が組み立てた光魔法の理論を元に、アリ―所長が完成させたものなんです」
「え、これ婆ちゃんが関わっているの?」
「人体を光の同化させるなんて、そんな発想だれも思いつきませんよ!
ホント、フレンダ様ってすごいですよねぇ。発想力が違いますよ!」
功績を残しているとは言っていたが、いざ自分の祖母が残したものをみると、本当に自分の祖母が魔女だったとうことを実感してくる。
「へぇ、これを婆ちゃんが」
義明は光の中に身体を入れる。光がでている場所には電球のようなものはなく、代わりに魔法陣が書かれていた。
「えっと光の中に入って、石柱の文字を起動させる……って言っても読めな……あれ、これって……」
「ああ、だめですよ。光にはいっちゃ。といっても、ヨシアキ様は魔力がない上に、魔術コードも読めないですから起動することはないで……」
「あれ、なんかめっちゃ光ってるけど、これってな……」
「……え、うそ」
義明はこの場から姿を消した。
 
 




Code;Witch 10話

10



家を出るとき、またあの汗だくになるルートを通らなければならないのかと、義明は心の中で愚痴を吐いた。
義明は人一倍汗っかき。真夏だろうと、真冬だろうと、ちょっと歩いただけで、汗をかき、コメカミから顎にかけて、ツゥーっと汗が滴ることがよくあるのだ。代謝がいいと聞こえはいいが、汗をかく当事者は、気持ち悪いったらありゃしない。
そんな義明の心情を察したのか、アリーがニコっと笑っていった。
「大丈夫よ。あれは最初だけ」
「最初だけ?」
「そうよ。あれは結界なの。
初めてこの家に入るには設定した道の通り、そこで特定の行動を取らないと家に入ることができないの。
一度入れば私が許可したってことで、自由にこの家に入ることができるわ」
なぜそんな面倒なことを……。再びそれ察したのか、アリーは苦笑いをしながら言った。
「んー、ほら、私、なんか人気あるじゃない? 自分で言うのもなんだけど……。まぁその人気で。いいこともあれば、悪いこともあって……」
いい意味でも悪い意味でも。おそらく後者はアリーに対して良からないことを考える輩のことだろう。アリーは女性、それもとびっきりの美女だ。過剰なファンがいてもおかしくはない。
「もし、間違ったルートで行くとどうなるの?」
「廃墟の屋敷で行き止まり。それと一年間、たとえ正しいルートを通っても私の家には辿りつけないわ。あと、三回間違えると、呪いがかかるわ」
「の、呪い……」
「といっても、そんな大げさなことじゃないわ。一ヶ月間トイレとお友達になったりとか、一ヶ月間身体からキツイ加齢臭がするとか、一ヶ月間なぜか出費がかさみ資産が千分の一なったりとかね」
「……ゲームのダンジョンみたい」
義明は自身が好きなゲームのことを思い出した。
「ゲーム? あら、ヨシアキの世界にこんな遊びがあるの? 変わってるわね」
「いや、遊びは遊びでも、アリーが想像しているような遊びじゃないよ。
テレビゲームっていうんだけど……たぶんアリーはわからないかな」
アリーの家にはテレビはない。テレビもなければ、冷蔵庫も、電子レンジも、掃除機も、そして義明がよく使うパソコンもない。いわゆる一般家庭にある家電が存在しなかった。
異世界だから当然といえば当然なのかもしれないが、いざ無いってなると違和感がでる。普段よく目にし、使うものがないとここまでソワソワするものなのかと、不思議に感じた。
「テレビ……ゲーム? ゲームはわかるけど……テレビって何?」
「映像を移す、箱のような板のような機械かな」
「映像を移す……キカイ……? クリスタのようなものかしら」
「ん? 機械って知らない?」
「ええ、聞いたことないわ……どういうものなの?」
異世界だ。当然といえば当然か。
「うーん、電気で動く道具って言ったらいいのかなぁ」
「デンキ?」
「え、電気もわからない? えっと、あ、雷系の魔法ってないかな?」
「ええ、もちろんあるわよ。……え! まさか電気って雷のこと?」
「んー、まぁそんな感じかな」
「へぇー!」
アリーは目を大きくあけて、驚いた。
「ヨシアキの世界は面白いわ……まさか雷……それと同じものを使って道具を動かすなんて……。
そのデンキっというのは雷から取り出すのかしら。雷がよく発生する場所があるのね」
「いや、電気は作ってるんだよ。雷は強すぎて使えないんだ」
再びアリーが驚いく。先程の驚きとは違い、目が限界まで開かれた状態だった。
「え、ちょ、ちょっとまって! ヨシアキの世界には魔力が無いのよね? どうやってその電気を作っているの!」
「えっと……いや、俺も専門家とかじゃないから詳しくわからないけど、太陽光とか風力とか水力とか火力とかで、電気をつくってるよ。科学の力ってやつだな」
「太陽の光ですって……」
信じられないという顔をするアリー。そして顎に手を当ててだんまりになってしまった。
頭の中では魔力もなしに、電気を作ることができるのか考えていた。そしてすぐに答えがでた。答えはノーだ。
映像を写すものは、この世界にも存在する。だがそれは魔力によって動いている。彼女の世界では魔力や魔法によって世の中が成り立っている。あらゆる理論に魔力が関連しており、それがなくなるとこの世のすべての理論が崩壊する。火を起こすのも、風を作るのも、雷をつくるのも、すべて魔力が必要不可欠だ。
それなのに、義明の世界では魔力を使わず、魔法を使わずあらゆるものを生み出しているらしい。
信じられなかった。だが、義明が嘘を言っているようには見えない。
実はアリ―は魔力もない、魔法もない義明の世界を、発展が遅れている世界だというイメージがあった。だが、さきほどの話でその認識を改なければならない。自分たちがもし魔力なし魔法なしの世界になったら生き残れるのか。ほぼ不可能だ。そもそも魔力がなかったら十の災厄に軽く百回は世界を滅ぼされていることだろう。
義明の世界はこの世界よりも技術が凄まじいものなのかもしれない。義明が先程言った『科学の力』。一体どんなものなのだろうか。アリ―は身体の内側から熱い好奇心が、沸々とマグマのようにじんわりと身体中を駆け巡っていく。
「ヨシアキの世界……ぜひ行ってみたいわ!」
「え、そ、そう?」
「ええ! そのために次元魔法を完成させてヨシアキの世界にいくわ!
こうしちゃいられない。すぐに研究所に行かないと!」
「え、ちょ、ちょまってアリ―!」

フルロラル魔法開発研究所。
魔法大国『スペルディア』が誇る世界最高の魔法研究所。
名前の通りに魔法を研究開発ができる施設だが、それだけではなく、学校のように魔法を学び、優秀な魔女、魔道士を世に送り出す学びの場所でもある。
小さいこどもから、お年寄りまで、幅広い年齢、幅広い種族が魔法を学びにこの研究所を訪れる。この施設人口は5000人を超える超マンモス校であり、毎年春と秋に入所試験が行われていおり、倍率は二百から五百倍となる。
施設名のフルロラルは、世界征服を実行しようとした最初の魔王と闘った魔女の名前。また、あらゆる魔法理論の根幹を構築した魔女でもある。
根っからの魔法第一主義者、つまり魔力を持たないもの、魔法を使えないものを完全に下に見ており、それは共に旅した仲間たちも例外ではなく、よく仲間の戦士(後に勇者となる)とよく歪みあっていた。
そんな魔女が作った研究所であったため、当初この研究所は魔力を持たないものはもちろん、魔力があっても魔法を扱えないもの、魔法が扱えても中級以上の魔法を扱えないものは、敷地内すら入れない場所であった。
だが、その分、魔法に関する研究にはうってつけの場所である、設備はこれでもかというくらい、充実している。他国の研究機関が指を加えて羨ましがり、誰もがこの研究所に入所したがった。
現在のように試験に合格すれば誰でも入所できるようになったのは、『十の災厄』が現れてからであった。
『十の災厄』に対抗できるより優秀な魔女、優秀な魔道士が不足する事態がおきる。『十の災厄』が滅んだあと、このような自体を再び起こすわけには行かないとアリ―の祖母、アマンダがあらゆる反対を押し切り、古い制度を廃止し、現在のような体制となったのだった。
アリ―は猛スピードで箒を飛ばし、家を出て3分で研究所に到着した。義明はすこし長いジェットコースターを味わうこととなり、箒を降りたときに少しふらつき、転けそうになる。なんとか踏みとどまり義明は、目の前に広がる研究所を見る。
「で、でかい……ひ、広い!」
「ふふ、すごいでしょ。広さはグルグランデ200匹分くらいかしら。我が国、いえ、世界で一番の魔法研究所よ。広さも大きさも、歴史も、設備も、実績もね」
胸をはって誇らしげに、アリ―は言う。アリ―の豊満な胸に義明は目をそらしてしまう。別のことを考えよう。
そう、グルグランデとはなんだろうか。『匹』という単位を使ったから、おそらく生物なのだろう。でかい生物というと、象やキリン、クジラを想像するが、この異世界で日本の知識で補えることはできないだろう。グルグランデがどのくらいの大きさなのかわからないため、パッとイメージができないが、この研究所がものすごく広いということは火を見るよりあきらかだった。
「私の研究部門は施設の奥のほうにあるわ」
グルグランデのことを考えていると、アリ―は5m以上ある鉄格子の門の取っ手の部分に触れながら話す。すると、その手が触れている部分が光だすと、門がゴゴゴゴっと音を立てながら開いていく。この光景はこの世界に来て2度めだった。
ゆっくりと開いていく門を眺めていると、不意に腕が引っ張られる。アリ―は流行る気持ちが抑えきれなかったのか、門が開ききる前に門を通った。

「あ、アリ―所長、おはようございます!」
「アリ―さ……じゃなかった、アリ―所長。おはようございます!」
「アリ―所長! 3時の会議忘れないでくださいよ!」
「アリ―所長、今日もお綺麗ですね!」
広く、そして長い道を早足で進んでいくと、道行く道で声がかかる。この場所でも同じようにアリ―は人気だった。
一つ違うのが、誰もがアリ―のことを『様』呼びではなく、『所長』と呼ぶ。所長、つまりこの研究所で一番えらい人の称号。義明はまさか、アリ―がこの施設の所長だとは思わなかった。
「アリ―所長! その手を繋いでいる男はなんですか!」
どこからか怒りと焦りが混ざった声が義明の耳に入る。
「え、あ、ホントだ! 誰だ! あの男は!」
「まさか……アリ―所長の彼氏!」
「ばっかやろう! そんなわけあるか! きっと実験台のムルピーだよ!」
「実験台のムルピーか!」
「なんだ実験台のムルピーかぁ」
「そうだ、そうに違いない! アリ―所長は我らの女神だ! 彼氏など作らん! というか俺様がムルピーになりたい!」
「何いってんの! その役目はあたしよ!」
おそらくアリ―の耳に届いていることだろう。だが、そんなことはお構いなしに先へ、先へ進んでいく。アリ―は
義明はムルピーというはわからないが、おそらくモルモットと同じ意味だろう。
自らモルモットになりたがるなんてどうかしていると思いつつ、そして、そのモルモットと認識されている自分が、このさき何か良からぬことされるのではと、少し不安になる義明であった。



Code;Witch 9話



コンコンコンという音が聞こえ、義明の身体がビクっと動く。さきほどの音がドアをノックした音だと気づくのに、数秒かかった。
誰かがお越しにきたのか。
でも今は夏休み。休みの日に起こされることはめったにない。それにノックという優しい起こし方を妹や母がするわけがなかった。
それにしても今日はなぜかベッドから出る気が起きない。いつもなら少しででも目が覚めたらすぐに起きて、コーヒーを飲みにリビングにいくか、プログラミングをするかのどちらかだが、いつも以上にふかふかで、それでいてとても心休まる暖かさでベッドから出たいと微塵にも思わない。冬のこたつと似たような感じだ。まさか自分のベッドがこんなにも眠り心地がいいとは……。ほんの少し開きかけた目を、義明は再び閉じた。
コンコンコン。
コンコンコン。
コンコンコン。
ぼーっとする頭にこの音は響き、義明の左右の眉が中央にギュッとよる。
うるせぇ! っと言ってやりたいが、声をだすのも辛い。この最高に気持ちいことに気づいた自分のベッドをもっと堪能したい。黙っていれば諦めるだろうと、義明は我慢する。
コンコンコン。
「ヨシアキ……」
コンコンコン。
コンコンコン。
ノックと自分の名前が聞こえたことに気づく。
義明は片眼を半開きにして音がなる方を見る。
誰なんだ。
ため息をつきながら上半身を起こす。
そして、すぐに違和感に気づく。
「……あれ俺の部屋……じゃない?」
コンコンコン。
「よ、ヨシアキ。朝よ……起きてる?」
ドアの向こうから女性の声が聞こえる。その声はどこか申し訳なさそうな声のトーンであった。
母や妹、祖母でもない。こんなにきれいな声ではない。
「ヨシアキ、入るわね」
ガチャリと扉が開かれ、
ドアから現れたのは絶世の美女だった。
そして義明はその美女がアリーという名だということを思いだした。
「ああ、そっか……そっか……そうだった」
完全に目が覚めた。お目々はバッチリ開いていた。
昨日の出来事が早送りのように脳内で再生される。
開発中であったプログラム言語が、突然原因不明なバグが発生したこと、目を開けると、自分の祖母が実は異世界人だったこと。異世界の料理はうまかったこと。

そして、その料理で死にかけたことも。

昨晩はご馳走が義明に振る舞われた。
漫画に出てきそうな分厚いサラマンダーのステーキ。
光を当てれキラキラ光るエメラルドキャベツのサラダ。
香ばしい匂いと一個がおにぎり並にでかいエンペラーラビットの唐揚げ。
どれもインパクトが大きく、アッと驚かされるが、とくに驚かされたのは、鮮やかな紫色のデッドマッシュのアヒージョ。
デッドマッシュという名前も見た目も食べたら死んでしまいそうな料理をだされ、義明はアリ―に文句をいった。食べたら死ぬと……。
だが、アリ―はムーっと口を尖らせ「ちゃんと毒抜きしているから大丈夫」とまだ油がグツグツ煮だっているアヒージョを義明の口元に差し出した。
「絶対美味しいから、はい。あーん」
かわいい笑顔だ。
まさか、この異世界にて、しかもこんな美人に密かに憧れを抱いていた『あーん』をしてもらう日がやって来ようとは……。
嬉しい半面、食べたら死ぬのではないかという恐怖。
せっかく作ってくれたのだ。毒抜きしてると言っていた。だが、きのこの毒抜きって聞いたことが無い。
デッドマッシュのアヒージョを食べた。
恐る恐る噛みしめる。
一回、二回……。噛めば噛むほど、デッドマッシュのエキスが口の中にひろがっていく。
「美味しい……」
味は上品でまろやかで、香りが控えめでクセがなく、また食感がよく非常に食べやすい。
言ってしまえばとても美味しいマッシュルームだった。
「そう! 美味しいのよ!
デッドマッシュって高級食材なのよ? といっても調理するためには免許が必要なのだけどね。あ、私は当然持ってるわよ?」
「……フグみたいなものか」
「フグ?」
「毒を持った魚だよ。調理するために免許が必要なんだ」
「へぇ。魚を調理するのに免許が必要なんて変わってるわね」
毒キノコの免許には言われたくはなかった。少なくとも義明の知っている限りでは毒キノコを調理するなど聞いたことがなかった。
でも知らないだけで、実は存在するのかもしれない。すぐに調べたい欲求にかられるが、ここは日本じゃない。義明の部屋ではない。今ここにスマフォもパソコンもないのだ。

次に義明が食べたのが、サラマンダーのステーキだった。
義明は肉が大好きだった。ステーキはもちろん。焼肉、しゃぶしゃぶ、肉ずし。
サラマンダーのステーキはとても柔らかく、ナイフがスゥーっと入り込み、口の中に入れると、今度はスゥーッと溶けてなくなった。美味い肉は溶けるというけれど、本当に溶ける体験をするのは初めてであり、義明は感動した。義明が今まで食べたどのお肉より美味しかった。
義明はあっという間にステーキを完食した……。もう美味しい肉以外食べられないかも知れない。そんなどうでもいい不安を幸せそうに感じていたときだった。ステーキに満足している最中に、身体の内側からどんどん熱くなっていき、次第に汗が身体の毛穴という毛穴から、汗が溢れ出した。
尋常じゃない汗だ。まるで高温サウナにいるみたいだ。汗が滝のように流れる。
胸のあたりが熱い。身体の中が燃えているみたいだ。息も激しくなっていく。吐く息が炎のように熱い。
義明は汗でしみる瞳で、アリ―を見る。
意識がぼーっとするなか、アリーをみると、アリ―はなんだか慌てた様子であった。
「ご、ごめんなさい。サラマンダーのお肉ってエメラルドキャベツと一緒に食べないと、熱さで身体が焼けちゃう……のよ。
でもでも、少量だから、きっと大丈夫……たぶん。
と、とにかくエメラルドキャベツを食べて!」
エメラルドキャベツを義明の口元に無理やり押し込む。熱さでなかなか噛みしめる力がでない。汗と共に体力が流れ落ちているようだった。キャベツが硬いせんべいのような感覚だった。
「ヨシアキ! 飲んで! 飲み込んで!」
細かくちぎったキャベツを口の中に入れ、ようやく飲み込むことができた。
するとすぐに効果が現れ、どんどん身体の熱さが引いていく。
義明は深く呼吸をして、落ち着かせる。
「その……あまりにも美味しそうに食べるもんだから、その……嬉しくなっちゃって忘れちゃってて……」
「……」
アリ―が申し訳なさそうに、お冷をさしだし、義明はそれを一気に飲み干した。
ふぅっと息を吐く。
エンペラーラビットの唐揚げがあるが、手をつけられそうになく、異世界の食事は終了した。
義明は部屋に戻るとすぐさまベッドに倒れ込み、そのまま眠りについた。

部屋に入ってきたアリ―は申し訳なさそうな顔であった。。
「おはよー。アリ―」
「お、おはよー。……ヨシアキ、その……大丈夫?
体調はどう?」
「うん、大丈夫だよ」
「ほんと? なんともない?」
義明はニコっとして縦に首をふると、不安で落ち潰れそうなアリーの顔の緊張が解け、不安を身体から押し出すように、深く息を吐いた。
よく見るとアリーの目にはうっすらと隈ができていた。目も少し赤い。
義明はとても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
義明はアリーのきれいな青い瞳を汚してしまったような気がしてならなかった。
何か言わなければ。でも何を……。
何か言わなければならないと思えば思うほど、何も出てこない。
「アリー……」
「さ、準備して。朝ごはん用意してるから」
義明が何かを言う前にアリーは、この場から逃げるように、後ろを振り返りこの場から離れようとする。
言わなきゃいけない。
「アリー! 昨日はありがとう! すごく美味しかった!」
アリーは立ち止まって振り返った。
「今度は普通に食べても平気なものだから大丈夫よ」
アリーの笑顔はやはりいいもんだった。
 



Code;Witch 8話



台所に立つなんだか懐かしいと感じてしまう。まだ一日も経っていないのに、ここでの出来事はとても濃い物だった。1週間がぎゅっと一日に詰め込まれているようだった。
グツグツと沸騰する音が心地いい。
道具はこの世界でも同じであった。ペーパーフィルターもあり、ドリッパーもサーバーもドリップポットも。
引かれた豆をフィルターにいれ、お湯をそっと乗せるように注ぎ、粉全体に均一にお湯を含ませて数十秒放置する。
するとアリーが不思議な顔をしながら義明に訪ねた。
「いくらなんでもお湯すくなくない? 一人分もないと思うんだけど……」
「ああ、これは蒸らしてるんだよ」
「蒸らす?」
「うん。蒸らすことで、ほらコーヒーが膨らんでプツプツの泡がでてるだろ? コーヒーにはガスが含まれていて、蒸らすことでガスが放出されるんだよ。ガスを出すことで、コーヒーとお湯がなじみやすくなって、お湯の道ができるんだ。
コーヒーのおいしい成分を十分に出すための大切な工程なんだよ」
知らなかったと驚くアリー。
淹れ方の説明をするのもすごく久しぶりだった。あれはどっちが美味しく淹れられるかという勝負をしたときであった。勝敗は義明の圧勝。何が違うのか悔しそうにたずねてくる妹に、蒸らすことで味がよくなるんだよと、自慢気に説明したときのことを思い出し、義明はおかしくなった。
ニヤついている義明を見て、アリーは不思議そうに眉を寄せる。それに気づいた義明は慌ててニヤついている口を閉じ、再度集中する。
そろそろ頃合いだ。義明はお湯をゆっくりと円を書くように注ぐ。
「魔法薬をかき混ぜてるみたいね」
この入れ方がおかしいのか、アリーはくすくすと笑う。どうやらパフォーマンスをしていると思われているようだ。
だが、義明は気にせず注ぎ続ける。ここが重要なポイントなのだ。手元を疎かにしてはならない。義明は視線をコーヒー一点だけじっと見つめている。
あまりにも真剣な表情であったのでアリーは笑ったことに対して嫌悪感をいだいたのだろう、口を閉じた。すると、コーヒーの香りが漂いはじめた。
アリーはいつもより香りが強いことに気がつく。アリ―はいっぱいに鼻から息を吸い、香りを身体のなかに入れ込んだ。
「この香りだ……」
以前飲んだ、プロに入れてもらったというコーヒーを飲んだときに感じた香りだった。
「よし……できた。
さ、飲んでみてよ」
「……うん!」
アリーは台所に入り、すぐさまコーヒーを口につける。
するとアリーの目は大きく見開いた状態となった。その反応を見た義明に、笑みが溢れる。
「へへ、どう?」
義明は腕を組み、自慢げに尋ねた。
「……すごい……こんなに違うの?
義明、あなたすごいわ! 前に飲んだときよりも美味しいわ!」

それからうっとりしながら、ゆっくり味わいながら義明が淹れたコーヒーを飲んだ。飲み終わったときに「もう普通のは飲めない……どうしよ」と口をこぼした。
「よかったらまた淹れるよ。
こんなことぐらいしかできなから……せめてね」
「え、いいの!
それはすごく嬉しい! コーヒーってこんなに美味しいものなのね……」
「豆がいいからだよ。こんなに美味しいの、俺の世界にはないと思う」
「いや、これはあなたが上手いからよ。淹れる人間が上手くないとこんなに美味しくできないわ」
「……」
「ん? どうしたの?」
「いや、ばあちゃんにも同じこと言われたなぁって……つい最近」
「あら、フレンダ様も? ふふ、そうなのね」
アリ―は嬉しそうに口元を緩ませる。アリ―にとって、祖母は英雄。その英雄と同じ考えであることに嬉しくなってしまった。
「ねぇ、ヨシアキ。フレンダ様って普段どんなことしてらっしゃるの?」
「え、どんなこと? どんなこと……」
コーヒーを飲んで、バイクかっ飛ばして、酒飲んで……という状況がカメラのシャッターを切るようにパシャパシャと、義明の脳内に映し出された。
「お祖母様に聞いても、コーヒーを飲んで、箒かっ飛ばして、酒のんで、魔法ぶっ放して……ということしか話てくれないの。
……そんなことないと思うんだけど……ほら、きっと思い出すから話したくなかったんだと思うの。
当時は、フレンダ様は亡くなっていることになっていたから……。
でも私知りたいの! 数々の伝説を作り出した偉大な魔女の一人であるフレンダ様の普段の姿を……きっと日夜研究とかされていたのでしょうね」
「……コーヒー飲んで、バイクっていう乗り物かっ飛ばして、酒のんでたかな。
あ、魔法は一回も使ってないよ。もしかすると見えないところで使っていたかもしれないけど……」
「……もう! なんでヨシアキもそんなこというの! バイクって乗り物はよくわからないけど、さっき私が言ったこととほとんど一緒じゃない!
意地悪しないで教えてよぉ」
ムーっと目を細めて義明を睨みつける。睨みつけるといっても、恐怖を感じるとかそういったものがない。むしろ可愛らしい。
かわいいともっといじめたくなる。よく祖母そんなことを言って、義明や妹をよくからかったりしていた。今ならその気持がよくわかるかもしれない。
だが、今回は意地悪しているわけではなく、本当にそうなのだから、仕方がない。
「いや、だって……ほんとにそうだったんだよ」
「んー、まあいいわ。
いま研究している魔法が完成すれば、あなたの世界に言って直接フレンダ様にお会いして確かめるから」
アリーがふてくされながら、コーヒーをすする。
本気で怒っているわけではないことはわかるが、悪いことしたという罪悪感が出てしまう。
「あ、そうそう。 気になっていたんだけど……いま研究している魔法ってどんなものなの?」
するとアリーのムスッとしていた目が和らいでいく。
「気になる?」
アリーが「ふふーん」とイタズラっぽく笑う。
先程までの不機嫌そうな表情と打って変わって、なんだか嬉しそうだった。
「そりゃ……俺がこの世界に来た原因でもあるからね……」
「教えて上げてもいいけど……ヨシアキ、さっき意地悪したからなぁ」
アリーは自分の髪の先端をいじりながら言った。
「だから、さっきは嘘でも意地悪じゃなく、本当にそんな感じなんだって! 大体嘘ついてどうするんだよ!」
「んー……まぁそうなんだけど……。
でも信じられないのよねぇ。フレンダ様の偉大な功績を見ると、とてもそんな方には見えないのよ。だって精霊王を使役したのよ? 清らかで心優しい方でないとそんなの無理だわ。私以外の人もきっと同じことを言うはずよ」
「……そう言われてもなぁ」
「まぁ、でも今回の研究にはヨシアキの協力は必要不可欠。
どうせなら研究所で話して上げる。詳しい資料とかは全部研究所においてあるの」
「へぇ、研究所ってここから近いの?」
「歩いて30分程度かしら?
あ、今日はもういかないわよ? 流石に今日はいろんなことがありすぎて私も疲れたわ。
明日案内してあげる」

コーヒーを飲み終わった後、アリーは義明を客室に案内した。部屋の前につくと部屋に入る前に、「どんな部屋がいい?」と義明に訪ねた。義明はなぜいまさらそんなことを聞くのだろうかと思ったが、義明は「その部屋で快適に生活できるくらい?」と冗談で答えた。
ソレを聞いたアリーは、「なるほど、なるほど」とノックを10回、コンコンコンコンココンコンとリズムカルに叩いた。
義明はアリーが何をしているのか、(アリーもふざけているのか)、わからなかったが、とりあえずもしこの部屋に誰かいたら、「そんなに叩くなよ!」と怒りながらでてくることだろう。
リズミカルなノックが終わると、アリーは「こんなもんかな……」と言ったとき、ガチャとドアを開けた。
中に入り、「どう? こんな感じ?」とアリーは言った。
案内された部屋に入り、義明は驚いた。白い壁、高い天井、天井にぶら下がっているシャンデリア。ダブルベッド並の大きさのベッド。見るからにふかふかなクッションにソファー。
客室というより、それはもうホテルの一室だった。それもただのホテルの一部屋じゃない、いわゆるスイート・ルームだ。いや、スイート・ルームで止まったことなんて無いから、どんなものなのかわからない。
スイート・ルームはとにかく豪華……という漠然としたことしかわからなかった。だが、この部屋は義明にとって、間違いなくスイート・ルームだった。
義明の目にはこの部屋が金色に輝いて眩しく写り、しばらく口が開いたままだった。
「あら? 違ったかしら……あ! わかった!」
するとアリーは義明を連れて再び、部屋の外へでる。そして先程と同じようにノックを10回、リズミカルに行った。
そして部屋にはいると今度は、部屋全体の装飾が金色に輝く、それはまるで王室のような部屋へと変わっていた。
「どう? 今度はさっきより豪華なんじゃないかしら。隣国の王様の部屋を真似てみたんだけど、どう?」
「えっと……なにが起こったの?」
「え? ああ、そっか。
3年前に私が開発した部屋を自由に帰ることができる魔法よ。自分が一度訪れた部屋なら自由に変えることができるの。
といっても、なかなか高度な上に、魔力を相当食うから、私かお祖母様くらいしか使える魔女はいないのよね。
それで、どう?」
「……さっきの部屋でお願いします」




 

Code;Witch 7話

7 

 



 アリーの家を目指し、活気のある街から離れ、どんどん人気ない狭い通りを、身体を横に向けたり、屈んだり、またいだりと、障害物を避けながら進んでいく。
 「ちゃんと私の通ったあとについてきて」とアリーの家に向かう前に言われた義明は、言うとおりにアリ―のあとを付いてった。言われたときは、何故わざわざそんなことを言うのだろうと、不思議であった。
 その意味が分かったのは、細い道に細長い板が通路を遮っているところに差し掛かったときだった。遮ってると言っても跨げば通れるほどであった。アリ―はそれを跨がず、屈んで細長い板の下を潜って通った。
 義明はそれに対してなにも考えずに、細い板をまたごうとした時だった。
「ちょっと! だめよまたいじゃ!」と義明を静止させる。
「ちゃんと私の通ったあとについてきてって言ったでしょ?」
「通ってるけど……」
「私はまたいで通ってないわ。潜って通ったからヨシアキもちゃんと潜って通って」
「え! なんで!」
「いいから、言われたとおりにして」
 ちゃんと通ったあとについてきてっというのはそういうことか。
 なぜそんなことをするのか、ヨシアキはわけがわからなかったが、とりあえずアリーの言うとおり潜って通った。
 その後も数回、アリ―に同じような注意を受けることとなる。
 注意を受けるたびに、何故と問うが、アリーは「言われたとおりにして」と返すばかりであった。
 細くて狭い道をどれくらい歩いただろうか。義明の服にはホコリや蜘蛛の巣がどんどんくっついて汚れていく。
「……アリ―……あとどれくらい?」
「あとすこしよ」
 これが何度目だろうか。最初にこのやり取りをしてから三十分以上は経っていた。
 義明の額には汗が垂れ、その汗で前髪がおでこにくっつく。普段なら疎ましく髪をかきあげるのだが、今はそんなこと気にできないほど、義明の身体は疲れていた。
 アリーは疲れていないのだろうか。後ろからだと顔色を伺えないが、おそらく疲れていないのだろう。とてもスムーズに進んでいる。
 両膝と両手をついてでないと通れないような、トンネルをぬけると、ようや広いところにでた。
「お疲れ様。ついたわよ」
 やっとついた……。義明はフゥーっと息を吐く。
 頬に垂れている汗をTシャツの襟元で引っ張って拭い、息を整える。
「義明すごい汗ね。疲れちゃった?」
「うん……つかれた」
 運動(といっても歩いただけだが)して疲れるなんて久々であった。
 腰に手をあて、少し荒れている呼吸を落ち着かせながら、あたりを見渡した。
「……ん?」
 あたりを見渡しても家はなかった。いや、正確にはあるにはあるのだが、その家は人が棲むにはとても困難なボロ家があるだけだった。
 ボロ家というより、廃墟だ。絶対に出るやつだ。
 さきほどとは違う汗が義明の背中から流れる。
「さ、入りましょ」
 そういってアリーは廃墟の方を歩く。
「え、ちょっと! え! ホントにアレがアリ―の家なの!」
「え? そうよ?」
「んー、マジか……」
「どしたの、ヨシアキ。顔色悪いわよ? 疲れちゃった?
 早く入って休みましょ」
「え、ちょ! まっ!」
 アリーは義明の手を掴み強引に廃墟の敷地内に入っていく。
「ごめん! おれ、ホントこういうの無理なんだよ! 見るのも嫌なんだよ! ほんとやめて! まじで、ってアリ―力強い!」
 ずるずる引きずられる義明。
 敷地内に入った瞬間、
「……」
「……ヨシアキ、なんで目をつむってるのよ?」 
「へ?」
 義明の目に入ったのは、さきほどの廃墟はなかった。あるのはきれいな家であった。
「あれ? あの廃墟はどこに……」
「ああ、あれは結界よ」
「え、結界? ちょ、アリ―まってよ」
「ようこそ我が家へ」

 カランコロンと音を鳴らしながらドアを開ける。義明は「おじゃましますー」と緊張しながら中に入り、部屋のなかをキョロキョロと見渡す。木の床、木の壁、木のテーブル、木の椅子……そして観葉植物が家のあちこちおいてあり、いいアクセントになっていた。
「適当に座って。
 いまお茶だすから。
 あ、紅茶? ジュース? 一応、コーヒー……もあるけど、どれがいい?」
「えっと、コーヒーで」
「あ、うん……コーヒーね、うん」
 アリーはグッと親指を立てて了解の合図をだす。なんだか歯切れが悪かったが、義明はとくにきにすることなく。テーブルの席につき、改めて部屋の見渡した。
 魔女の家だからもっと薬品やら実験道具やら骸骨やら魔導書らしき本が沢山あると思っていたが、そう言ったものはこの家から見られらない。テープルの真ん中においてあるハーブのような植物を指で突っつく。もしかすると動く植物とかではないかと、期待とちょっとした恐怖をいだきながら突っついたが、特に反応することない、義明の世界にも存在するただの植物であった。
「んー、どしたの? やっぱり義明の世界と違う?」
 台所でお湯を沸かしているアリーがキョロキョロしている義明を見かねて声をかける。
「いや、そんなことなくて……もっといろいろ魔導書とか変なものとか、あるのかと思ってたから……」
「あー、そういうのは全部二階の書斎においてあるのよ。
 これでも私、魔女のなかではきれい好きなのよ」
「へぇー」
 魔女はどうやら義明の予想通り、部屋をものでいっぱいにする人種らしい。そういえば、祖母フレンダも自室はいろんなものがたくさんあり、まるで倉庫のようであったことを思い出す。どうやら祖母は散らかす魔女だったのだろう。
 ピューッと水蒸気が吹き出す音が聞こえる。この世界でもヤカンでお湯を沸かすのか。豆はどんな物をつかってるんだろ。自分の世界と一緒なのか。どんな道具でコーヒーを入れるのだろうか。火はガス? もしかしたら魔法で火を炊いているのかもしれない。
 次第にコーヒーの香りが義明の鼻を刺激する。
「んー、こんなもんかな?」
 アリーが独り言を言ったのが聞こえる。
「おまたせ。
 砂糖、ミルクはお好みで」
「ありがとう」
 香りが強い。もしかするとブルーマウンテンに近いかもしれない。香りが鼻から脳の奥まで浸透していき、疲れが一気にとれるようだった。
「……」
 そんな義明を見ているアリーは内心ドキドキしていた。今まで自分が淹れたコーヒーを飲む前に香りを堪能する人はいなかった。まずかったらどうしようと……。
 義明は十分に香りを堪能し、一口飲む。
「ど、どう? お口にあったかしら」
 緊張した表情でアリーは尋ねる。
 義明は2〜3回舌でゆっくりかき回すように味わった。ソレはまるでソムリエのような口の動かしかただった。
 初めて飲むコーヒーは一口目はゆっくり味合うのが義明の癖になっている。
 それからゆっくりと喉の奥へと流し込む。
「うん……おいしい」
 その言葉を聞いたアリーはほっと胸をなでおろした。
「もう、ヨシアキ、ちょっと緊張しちゃったわ。
 まずいって言われたらどうしようかと思っちゃった」
 アリーの顔には安心したように笑みを浮かべた。
「ごめん、ごめん。
 やっぱ別世界だから、違うのかなぁって……興味でちゃってつい味わっちゃった」
 この世界でもコーヒーはコーヒーであり、義明が大好きなコーヒーであった。
 先程喉を通したコーヒーがどんどん下へ流れていくのがわかる。そして流れるたびに、義明の心は落ち着いていき、何か見えない肩の重りが取れたようだった。それにしてもこのコーヒーは美味しい。
「これね、研究所の職員からお土産にもらったの。結構有名なところのやつらしいわ」
 アリーも自分に淹れたコーヒーを一口飲む。
「んー……まぁ今日はマシかな……」
 アリーは何やら渋い顔をし、どこか物足りなさを感じているようだった。
「え、美味しいよ?」
「うん、美味しいんだけど、ホントはもっと美味しいの。
 プロの人が淹れたものをお土産をもらうときに飲ませもらったんだけど……。
 これとは比較にならないくらい美味しかったわ」
「そんなに美味しかったの?」
「ええ、そりゃもう。
 きっと私の淹れ方よくないのね……。
 コーヒーって淹れる人間によってここまで味が違うなんて思わなかったわ」
 ふと、祖母フレンダも同じようなことを言っていたことを思い出した。義明はそのセリフを祖母から聞いてもいまいちパッとしなかったが、他人からそのようなことを言われると
「ちょっと、俺が淹れてもいい?」

 




Code;Witch 6話



塔から外へでるときに、マチルダから古い写真を一枚受け取った。
そこには、同じ顔をした魔女が二人写っていた。一人はマチルダであることがわかる。
今の姿と全く同じだが、写真からはすこしあどけない感じが伝わってくる。
もう一人は……義明が知る姿より若いが、それは確実に義明の祖母フレンダであった。
「これをおまえに渡しておく」
フレンダは言った。
「もし、お前が元の世界にもどったら、この写真を姉上に……おまえの祖母に渡してくれないか。
そして伝えてくれ、私の大好きないちごタルトを早く返せ……とな」

義明は塔を出てから、写真を見てはしまい、しまっては出しを何回も行っている。
「まだ、信じられない?」
アリーが優しく声をかける。
動揺して写真を見ている義明のことが心配になったのだろうか。アリーは心配そうな表情であった。
「まぁ、ね。正直、実は夢でしたって言われた方が、いいような気がするんだよね」
義明は自嘲気味に笑いながら言った。
「さっきアリーは、ばあちゃんは素晴らしい魔女って言ってたけど、そのなんだっけ? 災厄だっけ? それを倒した以外に何かしたの?」
「ええ、そうよ」
アリーがすこし嬉しそうな表情する。まるでよくぞ聞いてくれましたと、言わんばかりであった。ウズウズしているのがわかる。
義明は「あ……」とやってしまったかと、すこし後悔した。
たいていこういう顔する人は、つい話に熱が入りなかなか話が終わらない。今は気持ちが整理ついていない状態だから、少し遠慮したい気持ちだった。
「あなたのお祖母様……フレンダ・シュットガルト様は史上初めて 四大元素の精霊王と契約し、使役することができた魔女なの!
精霊王一体と契約するだけで、歴史に名を刻める程なのに、それを四体も。
精霊に好かれるエルフを差し置いてやってのけてしまうなんて……やろうと思ってやれるものではないわ!
さらに、災厄たちに効果がある武器を製造したり、水竜王を乗りこなしたり、数々の偉業を成し遂げた偉大な魔女の一人よ」
「そ、そうなんだ……」
興奮するアリー。身近な人物がすごく褒めれるのはなんだかくすぐったく感じる。
するとアリーは何やらひらめいたように、眉が上がり、声を漏らす。
「そうか……その可能性はあるわ
いや、でも結論を急ぐのは……でも可能性は大いにある……」
アリーは顎に手を当て、一人ブツブツ呟く。
「……どうしたの?」
「ヨシアキ、アナタは魔女フレンダ様の孫。アナタには少なからず魔女の血が流れている。
その魔女の血と私の魔法が反応してこちらの世界に来てしまった……かもしれないわ。
今回実験していたのは、時空と時空をつなぐ魔法……反応してもおかしくはない……。
それに、私が妹であるマチルダお祖母様の孫っていうのも、大いに関係があるかもしれない。
……共通する物があれば異次元をも超える? 次元魔法にはそういう性質が実はかくされていた?
んー、これは一から魔導文を組み立て直す必要がありそうね」
ひとりで考え込みをするアリ―に、義明はじっと見つめていた。その表情はどこか楽しそうであった。
自分もこうなのではと、ふいに脳裏をよぎった。
何かに熱中する楽しさは義明もよくわかる。
自身もプログラミングのこととなると、熱中しブツブツと独り言を言ったりしている。
そのせいで、よく母に御飯中は御飯に集中しなさいとか、妹に独り言がなんだか気味が悪いとか、言われていたが、もしかするとアリ―の今の状態みたいな感じなのかもしれない。
そう思うと、義明はなんだかおかしくなり、笑いがこみ上げてくる。笑っちゃうと失礼だ。そう思えば思うほど、笑いがこみ上げてくる。
すると、アリーが義明の行動に気づき、慌てつつも照れた表情をする。
「はっ! わ、わたしったらつい……。
ご、ごめんなさいね。
癖で……一人で考え込んじゃうのよ。気をつけてはいるのだけど……
気味悪かったよね……あはは」
照れくさそうに頬をかくアリーに、義明はドキッとしてしまう。
見た目は美人でクールなので、高値の花のような印象を受け、話しかけるのも恐れ多いと感じてしまうが、彼女の箒飛行中のイタズラ行為や、今のような自分の世界に入ってしまうようなところも、ギャップがあって可愛いと思う。
そして、照れている彼女はまた特別かわいく、目を奪われてしまう。
「よ……ヨシアキ?」
「はっ! ごめん!
いや、大丈夫、大丈夫!
実は俺も熱中しちゃうと独り言を言ったりして、よく母さんや妹にキモいっていわれているから」
「そう……そうなのね」
アリーは小さく良かったとホッと胸をなでおろす。
「ねぇ、アリー。アリーって街の人たちにすごく人気みたいだけど、もしかしてアリーも十の災厄を倒した英雄の一人だったりするの?」
義明はこの街に来てずっと思っていたことを、アリ―に聞く。すると、アリーは驚いたように目をみひらくと、すぐにだんだんとにらみつけるように義明を見る。
「……ちょっとヨシアキ。それ、わかってていってるの?」
「え?」
「お祖母様の話ちゃんと聞いてた?」
見るからに怒っているアリーに戸惑う義明。アリーはそんなことをお構いなしに義明に詰め寄り、圧をかける。
「十の災厄が倒されたのは、今から五十年も前の話よ!
私はまだ、二十二歳!」
アリ―は「失礼ね!」とそっぽを向き、同時に義明の顔がみるみる蒼白となっていく。
「ご、ごめん! いや、その……いや、だってすごい人気ぶりだったから、世界の一つや二つ、魔王の一人や二人倒してるのだと……それで魔王的な存在が十の災厄かと思って……その……ごめんなさい」
義明は深々と頭を下げながら言った。すると、「はあ」と息を吐くようなため息が聞こえた。
「ヨシアキ、顔あげて」
義明は恐る恐る顔をあげると、アリーは小さな咳払いをした。
「ま、まあ。そういうことなら仕方ないから許してあげるわ。
私は、お祖母様やフレンダ様のような英雄的な活躍はしてない。
十の災厄が倒されて、この世界は本当に平和になったの。災厄が現れる前もね、ひどい戦争が続いていたらしいわ。それこそ、魔族の王、魔王が全世界に戦争をしたりね。何世代にも渡って戦いは繰り広げた。
ある魔王が言ったらしいわ。
『この戦いはどちらが根絶するまで続く』と……。
でも十の災厄が現れたことによって、魔王の予言は外れた。十の災厄は人もエルフもドワーフも、竜族も魔族もこの世のすべてを破壊していった。
だから、みんな協力して十の災厄を倒し、この世界の全種族が争いをしてはならないと、硬い約束を結んだのよ。
その約束に一番力を入れてるのがこれが魔族だっていうんだから、わからないものよね」
「じゃあ、アリ―はどういう……」
「私がやったのは、十の災厄との戦いの後始末って言ったらいいかしら。
災厄の影響で絶滅寸前だった動物を魔法で繁殖させたり、腐敗した大地を元に戻したりしたわ」
義明がイメージする魔女の偉業というのは、封印された古代魔法の謎を解いたり、オリジナルの最強の魔法を開発というものだったため、拍子抜けのような感じがしてしまった。
それが顔にでていただのろう。義明の顔をみて、アリーがクスッと笑う。
「イメージと違ったでしょ?」
「え、いや……その……うん」
「そりゃ、昔は辺り一面を炎の海にする火炎魔法とか巨大な竜巻を発生させる魔法とか研究している魔女は多くいたわ。
でも、時代が変われば魔法も変わる。今必要なのはそういう魔法じゃないわ」
そう言ってアリーは微笑み、再び歩き初めた。
するとアリーは思い出したかのように、振り返り義明にいった。
「あ、そうそう。これから私の家にいきます」




Code;Witch 5話



目の前にいる女性を目にし、義明は驚きで目を見開いている。
「誰がばあちゃんだ!」
目の前にいる女性が激怒している。いきなり見知らぬ人間からばあちゃん呼ばわりされたら、それは誰でも怒るだろう。義明の言動はかなり失礼なものであった。
しかし、義明は叫ばずにはいられなかった。
いないはずの自分の祖母フレンダとほとんど容姿が変わらない人間が、目の前にいるのだから。
「いやいや! え? 何? なんでばあちゃんがここにいるの!」
「だから、誰がばあちゃんだ! 私はおまえなど知らん! 私の孫はアリ―だけだ!」
「え?」
その言葉に義明の興奮が冷めていく。すると、アリーがヨシアキの肩に手を優しく手を置く。
「ヨシアキ、あの方はアナタのお祖母様ではないわ。
ここスペルディアで最高責任者であり、私のお祖母様のマチルダ様よ」
「マチルダ……さん」
マチルダという名前を聞いて、興奮が一気に冷めていき、目の前の人が自分の知る祖母ではないということを、実感する。
そうだ。ここに祖母がいるわけがない。
「ご、ごめんなさい。あまりにも似ていたもので……」
「そんなに似ているの?」
「うん、双子かよってくらい似てる……けど、うちのばあちゃんの方が老けてる。
というか、あんなに若い人がアリ―のお祖母さんなの? 若過ぎない?」
見た目三十代前半、人によっては二十代後半という人もいるかもしれない。アリーのお姉さんと言われても納得していしまう。
「魔女は体内に魔力が豊富だからな。それが老化を防いでくれている」
そういうと、マチルダは懐からタバコを取り出し、指をパチンと鳴らし、火をつける。この世界の魔女は、杖なしで簡単な魔法を唱えることができるらしい。
ふうっと煙を吐き出すと、自席にもどり深く座った。
「改めまして、異世界人のヨシアキくん。私がスペルディアの最高責任者のマチルダ・ドルムントだ。
先程の無礼は、お前の若くて美しいであろうお祖母様に免じてゆるしてやる。
……それにしても、私を自分の祖母と間違うとは……。
くっくっく、そんなに似ていたのか?」
「はい、それはもうそっくりです。名前もなんだか似ていますね」
「ほう」
マチルダは興味深そうに机に右肘をついて、前のめりになる。
「美しく若く、そして私にそっくりで、名前も似ているのか。
ヨシアキ、お前のお祖母様のお名前はなんという?」
「古谷フレンダっていいます。フレンダとマチルダ、なんだか響きが似てませんか?」
「え?」
祖母の名前を聞いた途端に、アリーが声を漏らす。義明はアリ―を見ると、目を大きく見開き、とても驚いている様子であった。
マチルダの方見ても、何やら驚いた様子であった。
何か変なことを言ってしまったのだろうか?
マチルダは、動かずじっと義明を見ている。タバコの灰が机に落ちそうだ。
「それがお前の祖母の名か?」
「え、はいそうですけど……」
マチルダは口に手を当て、何やら考え込んでしまった。小声で何かブツブツ言っているようだった。
どうしたのだろうと、アリ―に視線を送ってみると、アリ―もなんだか落ち着かない様子であった。
視線が合うと、アリーは緊張した様子で口を開いた。
「ヨシアキ……アナタのお祖母様の旧姓って知ってる?」
「え、うん。シュットガルトっていう……」
「……お祖母様!」
アリーがマチルダの方を見る。
「それは……それは本当か?」
「え、は、はい」
「もう一度聞くが、私にそっくりか?」
「はい、そっくりです。あ、でもよくよく考えると髪の色も違いますし、肌もマチルダさんのほうがきれいだし……あ、口元にホクロがついてるんで」
「……そうか」
そう言って、マチルダは灰がすべて落ちてしまったタバコを灰皿に押し付ける。
そして空いた手で目を隠すように覆った。
「いきて……いきていたのか……」
絞り出すような声でマチルダは言った。
「別世界にいたとは……どうりで魔力が感じられないはずだ」
「あ、あの……どういうことですか?」
義明は不思議そうな顔でマチルダに尋ねる。
だが、彼女は答えることなくしばらくそのままだった。義明は手助けをもらおうと、アリ―の方をみる。
だが、アリ―もどこか心あらずな表情であった。
生きていた……それは祖母のことだろうか。
この反応からしてこの二人は、祖母のことを知っている。それもただ知っているだけではない。特にマチルダの反応は、長い間探し求めた親友、いや家族を見つけたようであった。
この人と祖母はほぼ瓜二つ。
義明はまさかと思いつつも、思い当たったことを尋ねた。
「あの……まさか、まさかと思うんですけど。俺のばあちゃんと姉妹関係……とかじゃないですよね?」
「……そのまさかよ」
答えたのはアリ―だった。
「アナタのお祖母様は、私のお祖母様と双子の姉妹関係。そしてフレンダ・シュットガルトは世界を崩壊させる災厄から世界を救った英雄の一人よ」

今から一五十年前。世界は災厄と称される化物たちに襲われていた。
『十の災厄』。それが、化物たちの呼び名だった。化物は全部で十体。
ある化物は大地を砂漠に変え、ある化物はあらゆる植物を食い荒らし、ある化物は世界のマナを食い荒らした。
化物たちとの戦いが始まってから一二〇年が経ち、ようやく『十の災厄』は倒された。

「私は、『十の災厄』の一体を倒すことができた。だが、姉は……相打ちという形になり、行方不明となっていた」
話が一区切りになったのか、マチルダは再度タバコを取り出し、火をつけ、煙を肺いっぱいに入れる。
「あんな化物相手にやられるわけがない、絶対に生きていると思っていたが……まさか別の世界にいるとはな……」
「ばあちゃんが……英雄」
義明は視線を下に落とす。話の内容を整理しようとしたのだが、先に信じられないという気持ちが先行し、整理できないでいた。
あの祖母が……別世界の住人で、世界を破滅に追いやる化物を倒した英雄?
「アナタのお祖母様は、それはそれは素晴らしい魔女だったのよ」
「え、魔女? ばあちゃん魔女だったの?」
アリ―の祖母であるマチルダの姉ということで、そうではないかと薄々感じてはいたが、他人から言われるとやはり驚いてしまう。
「なんだ。知らなかったのか?」
「えっと……魔法使ってるところなんて一度もなかったので」
「何? 魔法を一度も使っていない?」
マチルダの眉があがる。
「お祖母様、ヨシアキの世界では魔法がないようなのです。それに、ヨシアキの身体を見る限り、マナもおそらくないのかもしれません」
「ま……魔法がないだと」
マチルダは信じられないような顔をする。
「…そんな世界でよく姉上は生きていけたな……」
「結構楽しくしてますよ?」
昔はわからないが、自由に生活している。
今頃バイクでかっ飛ばしているころだろう。
「ああ、そうだろうな。姉上はそういうお人だ」
マチルダは懐かしむように言った。
きっと仲の良い姉妹だったのだろう。双子ということもあり、自分の半身みたいなものなのかもしれない。その半身がこことは違う世界で元気でいてくれている。それを聞くだけで、元気でいてくれる姿が目に浮かび、その元気なオーラが伝わってくる。
マチルダはタバコの火を消し、椅子から立ち上がる。
「アリ―」
「はい」
「我々の身内が、手違いとはいえ、会いに来てくれたのだ。丁重にもてなせよ」
「はい、お祖母様」
アリ―は一礼しながら返答する。
返答を聞き、マチルダは軽く頷く。
「ヨシアキ、もっとおまえの世界や姉上……お前の祖母の話を聞きたい。
とくに祖母の恋愛についてとかな。あの姉上をもらう男がいるとは……実に興味深い。
夕食でたっぷり聞かせておくれ」
マチルダは微笑みながら言った。その顔を見て、やはり姉妹だなと強く思った。
祖母がたまに魅せる優しい笑顔と重なったのだった。