SS こっそりと

こっそりと



「花ちゃん、時間ある? もしあるなら、お礼にコーヒーおごるけど」
「……すみません、課長。このあとすぐに2階に呼ばれてるんです」
「あら、そうなの? 花ちゃん人気もの〜」
「あははは……」
「まぁ、実際、花ちゃんが入ってくれたおかげで、みんな助かってるからね。
みんな言ってるよ。花ちゃんのおかげ、仕事がスムーズにいくって」
「いやいや、そんな。私なんて……」
「本当だって。部長も言ってたよ。よくあんないい人材がこの会社来てくれたって。本当よかったって」
「本当ですか? ……それなら、嬉しいですね」
「ふふ、あ。引き止めてごめんなさいね。依頼、がんばってね」
「はい、ありがとうございます。課長」

ソールメイト株式会社は、電話営業を主軸とするコールセンターの会社である。従業員数2000人を超える、県内では5本の指にはいるほどの大きいコールセンターだ。
従業員のうち正社員は50人もおらず、その殆どが、パート・アルバイトの20代後半から70代前半までの女性で構成されている。
私、中谷 花は、今年10月(今から1ヶ月前に)に転職してきた、数少ない正社員の一人だ。
コールセンターの会社に入社したからといって、電話営業をやるわけではない。私が所属している部署はバックヤードで現場を支援する、管理部の一員だ。その部署のシステム課の社内システムエンジニアとして、パソコン関連のヘルプデスク業務や新システムの導入や、コールツールの改修などを主な仕事としている。
入社当日に人事から「中谷さん、営業でもできるよ。どう営業にいかない?」と言われたが、全力でお断りをした。
営業なんてやってられない。やりたくない。
なんのために前職の経験が活かせる職種を選んだと思ってるんだか。
私はもう前職のようなあんな仕事はしたくない。楽して、得意なことで食って行くんだ。そのためにここに入社したんだ。
「でも……正直、失敗したなぁ……」
楽な仕事と思って入社したが、全然楽ではない。
もちろん、前職に比べたら仕事はかなり楽だ。
楽だが、前職にはなかった辛さがここにはあった。

ソレが2つある。
7年以上在籍しているのにも、関わらず殆どの社員から信頼がない、私の先輩。面接したときは、「いい人だな」「前職の暴力野郎とうはわけが違うな」と思ったのだが、蓋を開けてみればとても仕事ができない人であった。
それはシステム部分の知識ではなく、仕事のススメ方だ。この人、2つ以上の仕事を効率よく捌くことができないのだ。2つ以上仕事があると、頭が混乱して、うまく調整が効かず、私に仕事を振ってくる。いや、振るのは構わない。振るのならちゃんと説明して振ってほしい。
もう一つは、この会社のパソコン知識が、めちゃくちゃないということ。それは正社員を含めてだ。
まさか「強制終了はどうやるのか」と聞かれたときは、冗談でいってるのではないかと思ったほどだ。
ネットが繋がらないと強めの口調で内線してきて、いざ確認してみるとネットケーブル(LANケーブル)が外れているだけとか。そもそも、ケーブルをつなげないとネット見れないことを知らなかった。
こんな細かい依頼(依頼といっていいのかわからないが)が、15分置きにくるのだから、私は管理部のある8階と現場の2階を行ったり来たりしているのだ。
自席を温める時間なんて皆無だった。
「お疲れ様です。どうしました?」
「ちょっと中谷さん。これ、なんか変なのがでてきたんだけど。毎回でるんだけど、これなんなの?」
「あ。それはセキュリティソフトの定期診断なので、放置しておいてくださいね」

ストレスを和らげる時間のお昼休憩の時間。私はふーっと一息ついてお弁当が入っているロッカーを開ける。すると、そこに自分が入れた覚えがない、お菓子が一つはいっていた。私はそれを見て、口角があがる。
入れた覚えはないが、誰がいれてくれたのか、私はわかっている。
「栄子さん、またこっそりいれてくれたんだ」
栄子さんは、2階で電話営業をやっているパートのオペレーターさんだ。たまたま帰る方向が一緒になり、そのとき話した趣味の話題で盛り上がり、それ以来仲良くしてくれている。
栄子さんが美味しいチョコを買ったからおすそ分けをしたいということになり、私のロッカーに入れといてほしいとお願いした。そのとき、栄子さんが
「なんだか悪いことしてないのに、悪いことしてるみたいでドキドキしてなんだかいい感じだったわ」
と嬉しそうに話していたので、それから私もお返しにこっそりと栄子さんのロッカーにお菓子を入れた。栄子さんが言ったようになんだかドキドキして、いい感じだった。
以来、不定期にこっそりとお菓子を渡し合う関係となった。
(それにしても、栄子さんはいつ入れてるのだろうか……)
基本、パートのオペレーターは指定された休憩時間外に休憩室に行くことを禁止されている。
(うまく抜け出せてるんだなぁ。営業成績がトップクラスなのだからかな?)
いや関係ない。
私は栄子さんがくれたイチゴのチョコレートを口にポイッと投げ込む。
すると口の中にほんのり甘酸っぱいイチゴの味が、いっぱいに広がった。

後日、私はこの間のチョコのお返しに、栄子さんへのロッカーに近づくチャンスを伺っていた。だが、なかなかそのチャンスが訪れない。
「もう、なんでよ! 金曜なのにこんなに依頼が多いのよ!」
私はエレベーターの中で一人、扉が閉じた瞬間に思いの丈を感情込めて言った。言い切ったあと、監視カメラと目があった。私は思いっきり睨みつけた。
「あと30分しかない。栄子さん今日12時までだから帰っちゃうよ……」
先程受けた依頼は、話の長い部長からだった。捕まったら最後、最低30分は拘束されてしまう。
そんなことになったら今日中に栄子さんに、お礼のお菓子を渡すことができない。そんなの嫌。今日渡したい。
私はエレベーターが移動中に、休憩室のある3階にいくため3のボタンを力込めて押した。
(さっと、最速で入れる!)
すぐに部長のところに行けば、問題ない。この時間なら誰も休憩室にはいないはず。
「よかった、電気消えてる」
私はポッケに入れて準備していたお菓子を確認し、休憩室に入る。
明かりをつける時間も惜しい。
私は急いで栄子さんのロッカーの前までいく。
「えっとぜろ……よん……さん……あ、ずれた」
ロッカーはダイヤル式の鍵がつけられている。暗い上に、焦っているからなかなか揃えられない。
「よし、そろっ……」
「たく……だれだよ。電気消したやつ。喫煙所まで消すなよな」
(え!)
私はロッカーを開ける寸前で、とっさにロッカーの物陰にかくれた。
(部長!)
危なかった。まさか休憩室の奥の喫煙所にいるなんて。
そもそも、人を呼んでおいて、タバコをすっているとはどういうつもりなのだろうか。普段、すぐ来いとか言うくせにと文句言ってやりたいが……だが、今はいい。
電気を消しておいてよかった。暗くて私のことは気づいていないみたいだった。それを証明するかのように、部長はすぐに休憩室を出ていった。
私は一息ついて、再び栄子さんのロッカーを開けて、お菓子を入れ、そしてすぐに休憩室をでた。こっそりと。

また後日。
私のロッカーの中には、お菓子がまた一つはいっていた。



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